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 この裁判例は、社会的相当性を逸脱した引抜き行為に当たるかは、転職する従業員の会社に占める地位会社内部における待遇及び人数、従業員の転職が会社に及ぼす影響、転職の勧誘に用いた方法等諸般の事情を総合考慮して判断するべきであるとしました。

事案の概要

(1)  英語教材販売会社として設立されたX社の取締役兼営業部長であったYは、Yの率いる第二事業部の売り上げがX社の売り上げの全体の約80%に至る等、責任者としてX社の経営上極めて重要な地位を占めていた

(2)  Yは、X社の業績不振や給与遅配等が続いたことから会社存続に不安を抱きX社の代表者に取締役辞任の意思表示をした。

(3)  Yは、英語教材販売を業とする会社Z社の役員と接触し、X社内組織のZ社への移籍の段取りの会合を持ち、X社内組織の部長以下のマネージャー及びセールスマンらにZ社への移籍を了承させ、X社の営業所の備品等をZ社の事務所に運搬した。
 Z社に移籍したX社のマネージャー及びセールスマンらはX社に退職届を郵送した。その後、Yは、Z社の事務所で営業を開始した。

(4)  X社は、Yに対して、主位的に取締役の忠実義務違反の、予備的に従業員(営業本部長)の雇用契約上の誠実義務違反の債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償を、Z社に対して、不法行為に基づく損害賠償をそれぞれ請求した。これに対し、Yは、立て替え払いした営業経費相当額の支払いを反訴請求した。

判旨・判旨の要約 Xの本訴・Yの反訴とも請求一部認容・一部棄却

(1)  従業員は、使用者に対して、雇用契約に付随する信義則上の義務として就業規則を遵守するなど労働契約上の債務を忠実に履行し、使用者の正当な利益を不当に侵害してはならない義務(以下「雇用契約上の誠実義務」といいます)を負い、従業員が右義務に違反した結果、使用者に損害を与えた場合は、右損害を賠償する義務を負うというべきである。

 個人の転職の自由は最大限に保障されなければならないから、単なる転職の勧誘に留まるものは違法とはいえない。
 その引抜きが単なる転職の勧誘の域を越え、社会的相当性を逸脱し、極めて背信的方法で行われた場合には、雇用契約上の誠実義務に違反したものとして、債務不履行又は不法行為責任を負うというべきである。
 
 社会的相当性を逸脱した引抜き行為であるか否かは、転職する従業員のその会社に占める地位会社内部における待遇及び人数、従業員の転職が会社に及ぼす影響、転職の勧誘に用いた方法等諸般の事情を総合考慮して判断するべきである。

(2)  本件においては、Yの引抜きの態様は、事案の概要の述べた通り、計画的かつ極めて背信的であり、Yの本件マネージャー及びセールスマンらに対する移籍の説得は適法な転職の勧誘に留まらず社会的相当性を逸脱した違法な引抜き行為であり不法行為に該当する。

解説・ポイント

 判例は、本判決以降も単なる転職の勧誘に留まる場合には違法ではないとのスタンスに立っており、単なる勧誘により一時的に多数の労働者が別会社に転職して元の会社に損失が生じても、元の会社はその不利益を甘受すべきことが原則とされています。

 本裁判例のように、在職中に共謀して計画を進め組織中枢を担うメンバーや同僚、部下らを大量に引き抜き企業経営に大きな支障を与えたり、在職中に知り得た情報・機器等を持ちだしてクライアントを奪い取り会社に重大な損害を与えるなど、引き抜き行為・態様が悪質で社会的相当性を逸脱する場合にはじめて債務不履行又は不法行為責任を問えると考えられています。

 転職・引き抜き行為が社会的相当性を逸脱した違法な行為といえるかは、法的・専門的判断が必要となるので、経営者や企業の方が引き抜き行為を行った者へ賠償請求を検討している場合は、一度弁護士などの専門家に確認した方が良いでしょう。