はじめに

⑴ 交通事故発生件数

 総務省統計局の資料「令和3年の交通事故の発生状況」によると、令和3年の交通事故の発生件数は30万5196件となっており、10年前の平成24年の交通事故の発生件数が66万5157件ですから、10年間で約2分の1に減少しています。また、令和3年の死亡事故件数は2,583件となっており、10年前の平成24年の死亡事故件数が4,307件ですから、10年間でこちらも約2分の1に減少しています。そのほか重傷・軽傷案件も同様に減少傾向にあります。
 これらの交通事故の減少傾向には、交通違反の取り締まり規制が厳格化したことや近時車の利用者の減少による車社会の縮小など様々な原因が考えられますが、車の利用が生活の一部になっている方がたも沢山いることや一度交通事故が発生すれば、死亡や重篤な後遺障害が残存するなど、その後の被害者の生活に重大な影響を及ぼすことから、その推移については今後も注視していくことが必要です。

⑵ 死亡事故における弁護士の使命

 死亡事故については、遺族の方から依頼を受けることになります。
 遺族の方は、大切なご家族が亡くなったことで精神的に辛いにもかかわらず、加害者の保険会社との過失割合や損害額の交渉対応をしなければならないとなると心身ともに疲弊していきます。そして、場合によっては、世帯の生計を維持する一家の支柱となる被害者が亡くなり経済的に困窮することもあります。
 また、相手保険会社の提示金額が一見多額に見えても、そうではないことも多くあります。そのため、死亡事故については、全件弁護士が積極的に依頼を受けて遺族に法的助言を提供し、サポートする必要があると考えています。

交通事故で死亡した場合の遺族の損害賠償請求

⑴ 積極損害

 積極損害とは、被害者が交通事故によって生じた直接的な損害、一般的には、加療のために支出する費用のことをいいます。たとえば、交通事故と因果関係のある治療関係費や付添看護費、入通院交通費、入院雑費、葬儀関係費用、弁護士費用などが挙げられます。
 これらの積極損害は、死亡交通事故においても、即死した場合等を除き、通常、入通院などによる加療期間があるため発生することになります。そのため、被害者の相続人となる遺族は、積極損害について加害者(加害者が保険に加入している場合には保険会社)に賠償請求することになります。
 葬儀関係費用については、判例上、葬儀費用のほか、墓碑建設費、仏壇購入費用なども対象となります。葬儀費用の基準は、通常130万円~170万円とされており、現実の支出した費用が基準額に満たない場合には、現実の支出額(実費)が損害額となります。
 葬儀関係費用が認められるためには、入院雑費のように入院の事実から認定されるということはなく、葬儀関係の領収書類をすべて提出して初めて認定されることになります。社会的地位などの被害者の属性など個別具体的な事情を詳細に立証すれば、高額な葬儀関係費用が認められる場合もあります。
 なお、法要、仏壇・位牌購入費などは一定額が損害額として対象となりますが、香典返しや弔問客への接待費などは損害として認められない傾向にあります。

⑵ 消極損害

 消極損害とは、被害者が交通事故によって生じた間接的な損害、すなわち、加療が必要になったため、会社を休み休んだ分の賃金が得られなかったり、後遺症が残ったため事故後これまで通り働けなくなったことによる損害のことをいいます。たとえば、休業損害や逸失利益などが挙げられます。

ア 休業損害

(ア)意義

 休業損害とは、交通事故によって働くことができなかったため、本来得られるはずであった賃金などの経済的利益のことをいいます。休業「損害」といいますが、得ることが出来るはずであった「利益」のことです。
 休業損害額は、傷害の治療が終了する(症状固定時)までに発生する就労不能ないし通常の就労ができないことにより生ずる収入減少額となります。原則として、事故当時の被害者の現実の収入、給与額などを基準として算定され、実際に休業して収入減となっていることが必要です。事故に遭わなくても得られた収入は、ここで言う休業損害にはあたりません。
 死亡事故においても、即死した場合等を除き、通常、入通院などによる加療期間があるため、休業損害は発生することになります。そのため、被害者の相続人となる遺族は、被害者の被った休業損害を加害者(加害者が保険に加入している場合は保険会社)に対して賠償請求することになります。

(イ)休業損害額算定の計算方法

 一般的な休業損害額の計算式として、基礎収入日額に休業日数を積算して算定する方法があります。
 基礎収入額の認定方法については、給与所得者や事業所得者、家事従事者、学生・生徒、無職者、会社役員など休業した被害者の属性によって扱いが異なります。
 たとえば、家事従事者が休業損害を請求する場合、基礎収入の算定基礎として事故時(後遺障害がある場合は症状固定時、死亡事案の場合は死亡時)の賃金センサス厚労省「賃金構造基本統計調査」)を用いることになります。
 賃金センサスによれば、女性の全年齢平均賃金は、年収が約350万円にもなるため、場合によっては、外で働いている他方配偶者よりも休業損害算定の基礎収入が高くなる場合があります。
 なお、外国人の場合も在留資格の有無を問わず、原則として、就労を立証すれば現実の収入額について休業損害が認められます。算定方法は日本人の場合と同じで、外国人であることを理由に減額されることはほとんどありません。

(ウ)休業損害を算定する期間

 休業損害を算定する期間は、症状固定・治癒までの期間が原則となります。たとえば、給与所得者が受傷や治療のため解雇又は退職となった場合には、無職となった以降も現実的に稼働困難な期間が休業期間とされます。

イ 逸失利益

(ア)意義

 逸失利益とは、被害者が将来にわたって得られるであろう利益のことをいいます。そのため、死亡による逸失利益とは、被害者が生存していれば、得られたであろう経済的利益のことをいいます。
 交通事故による死亡事案について、被害者の相続人となる遺族は、加害者に対して被害者の逸失利益を賠償請求することになります。

(イ)逸失利益の算定方法

 死亡による逸失利益は、被害者の基礎収入額(基礎年収)×(1-生活費控除率)×労働能力喪失期間に対応する中間利息控除係数によって算定されます。
 基礎収入額は、原則として事故前の実際の収入額となり、実際の収入額以上の収入を得られると認められる場合には、その金額を算定基礎とします。家事従事者や無職者など実際の収入がない場合には、賃金センサスの平均賃金額を算定基礎とします。
 生活費控除率とは、生活費相当分を控除するために用いられる係数のことをいいます。被害者の家庭内の地位に応じて、原則として30~50%の範囲内の数値とされています。死亡したため、その後の生活費はかからなくなったのだからその分は控除するという考えに基づくものですが、判例・実務では、被害者の稼働可能期間に限って生活費を控除するにとどめています。
 就労可能年数は、原則として、満67歳となるまでの期間とされますが、高齢者の場合は平均余命年数の2分の1の年数とされています。また、事案によっては、より長期の就労可能年数が認められる場合もあり、たとえば、22歳の医学部3年生の女子大生の死亡事故について、女性医師は67歳以降も就労している蓋然性が高いとして70歳まで認定した裁判例もあります(京都地裁平成12年3月23日判決・判時1785号108頁)。

死亡慰謝料を請求する

⑴ 意義

 慰謝料とは精神的損害に対する金銭賠償のことをいいます。死亡による慰謝料は、被害者の年齢や家族構成などその属性により、以下の金額の範囲で決定されます。
 たとえば、被害者が、その収入によって世帯の生計を維持している場合(一家の支柱)には、2700万円~3100万円、一家の生計を経済的に支える立場にはないが、一家の支柱と並ぶ重要な地位を占めるなど、一家の支柱に準じる場合には、2400万円~2700万円、独身や被扶養者の立場にあるような場合は2000万円~2500万円の範囲で決定されることになります。
 この基準額は、後述する死亡被害者の近親者固有慰謝料請求もあわせた、死亡被害者一人あたりの合計額となります。

⑵ 被害者自身の慰謝料

 慰謝料請求権の主体は被害者本人です。被害者が交通事故により死亡した場合、たとえ即死であった場合も被害者本人について精神的損害を被ったことにより生じる損害として慰謝料請求権が発生します(民法709条、710条)。
 そして、加害者に賠償を請求する意思を表明するなどの格別の行為を要することなく、死亡と同時に相続人に被害者本人の慰謝料請求権が相続されることになります(最判大法廷昭和42年11月1日・民集21巻9号2249頁)。
 なお、胎児の死産は、母体への傷害についての慰謝料の斟酌事由として扱われています。

⑶ 遺族の慰謝料

 近親者は、被害者が交通事故により死亡したことについて、固有の慰謝料請求権が認められています(民法711条)。これは、生命を侵害する不法行為は、被害者だけでなく、その近親者に対しても、大切な家族を失ったという多大な精神的苦痛を被らせることから、近親者自身にも固有の慰謝料請求を認めたものです。
 ここでいう「近親者」とは、直接には、民法711条に列挙されている被害者の「父母、配偶者及び子」を指していますが、これらに該当しない者であっても、被害者との間にこれらの者と実質的に同視すべき身分関係を有し、被害者の死亡により、甚大な精神的苦痛を受けた者は、民法711条の類推適用により、加害者に対して慰謝料請求を行うことができます。具体的には、内縁の配偶者や祖父母、孫、兄弟姉妹などがこれにあたります(大阪地判平成19年3月29日・交民40巻2号479頁、名古屋地判平成21年7月29日・交民42巻4号945頁)。

⑷ 外国人の場合

ア 永住者などの在留資格を有している外国人

 「永住者」「日本人の配偶者」「永住者の配偶者」「定住者」「特別永住者」など日本での在留活動に制限がない在留資格がある場合には、日本人と同基準で算定することになります。

イ 相当程度長期にわたり滞在が見込まれる外国人

 たとえば、就労可能な在留資格を有している外国人など、相当程度の滞在が見込まれる外国人については、日本人の場合を基準として、日本における将来の在留期間、日本や本国における就労の可能性や本国の物価水準、所得水準などを考慮して決定されることになります。

ウ 短期滞在の外国人の場合

 たとえば、就労可能な在留資格を有していない短期滞在の外国人や不法就労者などの外国人については、本国における物価水準や所得水準などを考慮して決定される傾向にあります。そのため、本国の物価水準や所得水準が低い場合には、日本人が被害者となった場合に比べ、低めに慰謝料額を算定している裁判例が少なくありません

⑸ 死亡慰謝料の増額請求ができる場合

ア 増額請求が出来る場合

 死亡事故における損害賠償の実務において、慰謝料の算定にあたっては、3「慰謝料を請求する」で挙げた基準を用いて算定することが一般的ですが、通常の場合に比べて精神的苦痛をより感じられる事情が認められる場合には、同基準よりも慰謝料を増額して請求することができます。

イ 増額事由

(ア)事故態様が極めて悪質

 たとえば、飲酒運転や赤信号無視、著しいスピード違反、無免許運転、センターオーバー、違法薬物の吸引など違法行為を行いながらの運転、適切な薬の服用をせずまたは医師から運転を禁じられているにもかかわらずてんかんの作用により事故を起こした運転の場合など事故態様が極めて悪質である場合には、慰謝料の増額請求が認められる可能性があります(東京地判平成15年7月24日・判時1838号40頁、東京地判平成16年2月25日・自保ジャーナル1556号13頁、大阪地判平成18年2月16日・交民39巻1号205号)。

(イ)加害者の事故後の態度が不誠実

 たとえば、ひき逃げや放置などの救護義務違反、証拠隠滅、被害者に責任転嫁するための虚偽主張や有形力の行使など、加害者の事故後の態度が不誠実極まりない場合には、慰謝料の増額請求が認められる可能性があります(東京地判平成22年5月12日・交民43巻3号568頁、東京地判平成23年9月16日・自保ジャーナル1860号144頁)。

(ウ)加害者の運転動機が不当・違法

 たとえば、犯罪目的、加害車両の性能を見せつけるための虚栄心、パトカーからの追跡を免れようとするなど加害者の運転動機が不当又は違法な場合には、慰謝料の増額請求が認められる可能性があります(横浜地判平成24年5月17日・交民45巻3号642頁)。

(エ)被害者の特別な事情

 たとえば、死亡により子どもの成長を見届けられなかった、結婚直後に事故により死亡した場合など被害者に特別の事情がある場合には、慰謝料の増額請求が認められる可能性があります(東京地判平成25年12月17日・交民46巻6号1592頁)。

事故後の自殺

⑴ 交通事故と自殺との因果関係

 被害者が交通事故により受けた怪我や後遺症を苦にして自殺するケースがあります。このように、被害者自身の行為により被害が発生・拡大した場合には、加害者がどこまで損害賠償の責任を負うのかが問題となります。
 加害者に対する損害賠償責任が認められるためには、通常、交通事故と被害者との自殺との間に相当因果関係が認められなければなりません。相当因果関係とは、前提事実(交通事故)が発生しなければ、社会通念上、その後の損害(自殺)が発生しなかったといえる関係のことをいいます。
 では、交通事故と事故後の自殺と間にも相当因果関係はあるのでしょうか。

⑵ 判例・裁判例の現状

 過去においては、交通事故のような偶発的な事故において、加害者が事故時に被害者の自殺まで予見することはできないなどとして交通事故と事故後の自殺との因果関係を否定していました(最判昭和50年10月3日・交民8巻5号1221頁)。
 しかし、現在では、必ずしも事故時に加害者が被害者による事故後の自殺まで予見できたかを問題とせず、損害の公平な分担という観点から交通事故とその後の自殺との間に相当因果関係を認める傾向にあります。ただし、被害者の心因的要因(心の問題)が損害の拡大に寄与しているとして、過失相殺の法理(民法722条2項類推)により、損害額を8割程度まで減額するという判断がなされる傾向にあります(最判平成5年9月9日・判時1477号42頁)。

損害賠償請求権の時効

⑴ 時効期間が3年から5年に伸長

 2020年4月1日から「民法の一部を改正する法律」が施行され、改正後の民法では、人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権について、特別に権利を行使することができる期間を長くすることとしました(法務省民事局参事官室パンフレット)
 具体的には、人の生命又は身体の侵害による不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効期間は、損害及び加害者を知った時(権利を行使することができることを知った時)から5年(改正前は3年)、不法行為の時(権利を行使することができる時)から20年(改正前と同じ)になりました。
 なお、人の生命又は身体とは関係のない、事故による物損に関する損害賠償請求権の時効はこれまでどおり3年のままです。

⑵ 消滅時効に関する改正後の民法はいつから適用されるか

 生命又は身体を害する不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効の期間については、施行日の時点で改正前の民法による不法行為の消滅時効(「被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間」)が完成していない場合には、改正後の新しい民法が適用されることになります。
 たとえば、2017 年4月1日以降に「被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った」場合には、施行日である2020年4月1日の時点で改正前の民法による不法行為の消滅時効が完成していませんので、改正後の新しい民法が適用されることになります。そのため、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から5年又は不法行為の時から20年で消滅時効が完成することとなります。

死亡事故案件を弁護士に依頼するメリット

⑴ 交通事故被害における情報格差をなくす

 交通事故の被害にあった場合に弁護士に依頼するメリットは、端的にいえば、損害賠償の額が大幅にあがるという点にあります。これは死亡事案だけでなく、後遺障害事案や後遺障害には至らない傷害事案でも同じです。弁護士が入ることによって、通常、相当軽微な事故を除けば、1.5倍から2倍程度に上がることがよくあります。大きい場合ですと、3倍以上に上がることもあります。
  
 損害賠償額を算定する基準には、自賠責保険基準や任意保険会社基準、裁判所基準があるのですが、自賠責保険基準、任意保険会社基準の2つの基準により算定した損害賠償額と裁判所基準により算定した損害賠償額には大きな開きがあります。
 交通事故の被害にあった場合、加害者の保険会社が提示してくる示談金額は、通常、自賠責基準か任意保険会社基準によるものです。一方、弁護士は裁判所基準によって損害賠償額を算定しますので、ほとんどのケースで損害賠償額が大幅に上がることになります。
 なお、実務上、弁護士に依頼せず、弁護士以外の方が自ら裁判所基準を利用して損害賠償額を算定したうえ加害者の保険会社と交渉しても、示談に至ることは難しいようです。
  
 通常、何回も交通事故に遭う方は少ないでしょうし、被害者やその遺族に交通事故や保険について詳しい方も多くありません。これに対して、保険会社はプロであるため、被害者遺族との間には圧倒的な情報格差が生じています。交通事故や保険に詳しくなければ、保険会社が勧めるのだから、そういうものだろうと思い示談してしまう場合もあるかもしれません。

⑵ 訴外交渉だけでなく裁判になっても安心

 加害者又は加害者の入っている保険会社と示談金などで訴外で折り合いがつかない場合には、通常、裁判に移行することになります。提訴する場合には、裁判所に書面や証拠を提出することが必要になりますが、書面の作成は専門的で難しく、書面の作成に必要な調書やカルテなどの証拠の収集が必要となり、手続きも複雑で長い時間が必要となります。また、裁判になると終結までに何年もかかったりする場合もあります。
 その点、弁護士は裁判のプロですから、書面の作成から期日の出廷まですべて代わりに行うことができますので、被害者の遺族本人が訴訟を追行するよりも、物心両面で負担が非常に小さくなります

⑶ いかり法律事務所は交通事故に関するご相談・解決実績が豊富

 死亡事故案件では、交通事故状況の確認が難しいことが多いのですが、いかり法律事務所では、事故状況を独自に調査するとともに、外部の調査会社とも連携して、徹底した調査を行います。また、いかり法律事務所は、交通事故案件について裁判により解決した実績が豊富にありますので、訴外で示談に至らず、裁判になった場合にも安心して解決までお任せいただけます。
 死亡事故案件について、加害者への損害賠償請求を検討されている方は、是非一度福岡の弁護士法人いかり法律事務所にご相談ください。

交通事故について詳しく知りたい方はこちらもご覧ください。