労働施策総合推進法,正式には「労働政策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」といいますが,この法律が2020年6月1日に改正されます。今回の改正で,パワハラの定義が明確になったり,事業主がパワハラ防止のために措置を義務付けられることとなることから,パワハラ防止法とも呼ばれます。本稿では,特に,事業主がパワハラ防止のためにどのような措置をとることが義務付けられているのか,具体的に紹介していきます。
改正パワハラ防止法に伴い事業主が講ずべき措置
1 事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発
⑴ パワハラ禁止の周知・啓発
事業主は,パワハラの内容及びパワハラを行ってはならない旨の方針を明確化し,管理監督者を含む労働者に周知・啓発することが義務付けられます。具体的には,どのような行為がパワハラにあたるか,そしてそのような行為を行ってはいけないことを就業規則に明記した上で,それを労働者に周知することが必要となるでしょう。
⑵ パワハラ行為者への処分の明記
また,禁止するだけではなく,パワハラに当たる言動を行った者については,厳正に対処する旨の方針及び対処の内容を就業規則その他の職場における服務規律等を定めた文書に規定し,管理監督者を含む労働者に周知・啓発することが義務付けられます。
したがって,パワハラ事由該当行為が懲戒処分の対象となる旨を就業規則に明記し,その周知をすることが必要となるでしょう。
2 相談に応じ,適切に対応するために必要な体制の整備
⑴ 相談窓口の設置,労働者への周知
パワハラ被害を受けていることを相談することができるハラスメント相談窓口を設置し,それを労働者に周知することが義務付けられます。
この相談窓口は,たとえば人事部など会社内部の既存機関が担当してもよいですし,専門委員会を新たに設けることも考えられます。
また,弁護士事務所や社会保険労務士事務所といった会社外部の組織でもかまわないとされています。パワハラというデリケートな問題に関する相談であることを踏まえると,むしろ外部組織を相談窓口とした方が相談しやすいとも考えられるところです。
⑵ 内容・状況に応じた適切な対応
相談窓口を設置するだけでなく,相談窓口担当者が,相談に対し,その内容や状況に応じ適切に対応できるようにすることも義務付けられます。
パワハラというデリケートな問題に関する相談であることから,ただ相談内容を聴くだけでなく,相談者の心身の状況や当該言動が行われた際の受け止めなどその認識にも配慮しながら対応することが求められます。
このような適切な対応をするためには,予め相談対応マニュアルを作成したり,相談窓口担当者となるための研修を実施することが効果的といえるでしょう。
3 パワハラに係る事後の迅速かつ適切な対応
⑴ 事実関係の迅速かつ正確な確認
相談担当者,あるいは担当者と連携する人事部や専門委員会等が,相談を受けた後に速やかに事実関係を把握することが義務付けられます。
その際にも,相談者の心身の状況や当該言動が行われた際の受け止めなどその認識に配慮しなければなりません。
また,事実関係の確認は,まず相談者とパワハラを行ったとされる者に対してなされるべきですが,両者の主張が一致しないことも少なからずあるかと思われます。
そのような場合には,第三者にも確認をする必要があるといえるでしょう。もっとも,相談者への配慮の観点から,有用な情報が得られる可能性が高い第三者に限るべきでしょう。
⑵ パワハラの事実が確認できた場合の被害者に対する措置
調査の結果,パワハラがあったと確認できた場合,速やかに被害者に対する配慮のための適正な措置をとることが義務付けられます。
たとえば,被害者とパワハラを行った者(以下「行為者」といいます。)とを隔離する配置転換を行う,被害者と行為者の関係改善のために援助する,行為者に謝罪させる,被害者の労働条件上の不利益を改善する,といった措置が考えられるでしょう。何が被害者に対する配慮のため適正な措置といえるかは,個々の事案によって異なります。
したがって,前提となる事実確認を確実に行うことが極めて重要といえます。
⑶ パワハラの事実が確認できた場合の行為者に対する措置
また,行為者に対しては,就業規則等において定めたパワハラ規定に基づき,懲戒処分その他の措置を講ずることが義務付けられます。
⑷ パワハラの事実が確認できなかった場合の措置
調査の結果,パワハラがあったと確認できなかった場合であっても,改めてパワハラを禁止する旨の周知・啓発を行うことが義務付けられます。
4 プライバシー保護
パワハラに係る相談への対応又は事後の対応に当たって,相談者・行為者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講ずるとともに,その旨を労働者に対して周知することが義務付けられます。
パワハラに係る相談は,その嫌がらせの背景として,被害者の性的指向・性自認といった機微な情報が含まれることもありえます。
このような情報の秘匿が保証されていなければ,相談しようとしても萎縮してしまいます。
したがって,たとえば,相談対応等に伴って作成された書類等を,担当者以外閲覧することができないように管理することとし,そのような対策を講じていることを労働者に周知することが必要となるでしょう。
5 解雇その他不利益な取扱いをされない旨の周知・啓発
パワハラの相談等を行ったことを理由として,解雇その他不利益な取扱いをされない旨を定め,労働者に周知・啓発することが義務付けられます。
就業規則に定め,そのような定めがあることを社内報等によって周知・啓発することはもちろん,より効果を発するため,実際の相談対応の際にも改めて告知するべきであると考えられます。
事業主がパワハラ問題に関し行うことが望ましい取組の内容
ここまでは,事業主が行う「義務のある」取組を紹介してきましたが,改正パワハラ法では,事業主が行うことが「望ましい」取組も定められていますので,これを紹介していきます。
1 ハラスメント全般に関する一元的な相談窓口の設置
パワハラだけでなく,セクハラなどのその他のハラスメント等も併せて一元的に相談に応じることのできる体制を整備することが望ましいとされています。
このような体制の整備には,マニュアルの作成や担当者となる者への研修の実施等が必要となるでしょう。
2 パワハラの原因や背景となる要因を解消するための取組
⑴ コミュニケーションの活性化や円滑化のために研修等の必要な取組
職場におけるコミュニケーション不足は,ハラスメントの温床となります。そうならないために,研修や定期的な意見交換の場を設け,コミュニケーションの活性化や円滑化を図ることが望ましいとされています。
⑵ 適正な業務目標の設定等の職場環境の改善のための取組
また,過剰な業務目標を設定してしまうことで,目標達成のための過度な肉体的・精神的負担を強いられることも少なくありません。そして,その際に行われる指示の多くがパワハラに該当する可能性が高いものといえます。
これを回避するため,適切な業務目標を設定し,業務の効率化を図って過度な負担をなくすことが望ましいとされています。
3 アンケート調査や意見交換等の実施
事業主が行う義務のある措置が適切・効果的に運用されているかを把握するため,労働組合等の参画を得て,アンケート調査や意見交換等を実施することが望ましいとされています。
労使間の協議によって,定期的な実施に加えて,申請があれば原則としていつでも調査・意見交換会を実施する旨定めておくなどすると,より円滑に運用状況の見直しが図れると考えられます。
4 事業主が自らの雇用する労働者以外の者に対する言動に関する取組
パワハラは,労働者同士だけで生じるものではなく,労働者以外の者に対し行われる場合もありえます。
したがって,自らの雇用する労働者以外の者に対するパワハラも行ってはならないことを周知・啓発することが望ましいとされています。
ここにいう労働者以外の者には,他の事業主が雇用する労働者,就職活動中の学生,インターンシップを行っている者,個人事業主等が含まれます。
5 他の労働者等からのパワハラや顧客等からの迷惑行為に関する取組
また,会社外の者から,パワハラやそれに準ずる迷惑行為を受けることも考えられます。このような場合にも対応した取組を行うことも望ましいとされています。
⑴ 相談に応じ,適切に対応するために必要な体制の整備
会社内での体制の整備の場合と同様に,相談先をあらかじめ定め,これを労働者に周知し,相談を受けた者が,相談に対し,その内容や状況に応じ適切に対応できるようにすることが望ましいとされています。
⑵ 被害者への配慮のための取組
このような場合は,速やかに担当を変更するなどの体制を整えておくことが望ましいと考えられます。
⑶ 被害予防のための取組
また,問題が起きてからどのように対応するかも重要ですが,問題が起きる前に準備しておくことも重要といえます。
たとえば,すでに蓄積されている実例から考えられる予防策を講じたり,定期的に実例報告の機会を設け,都度対策を講じることが望ましいといえるでしょう。
まとめ
パワハラ防止法の改正により,事業主に課される義務が増え,負担が強くなったと感じられるかもしれません。
しかし,逆に言えば,これらの措置を講じておくことで,後の紛争を予防する効果もあるといえますので,長い目で見れば事業主の負担軽減になるという見方もできます。
最後に改めて今回のポイントをまとめておきますので,パワハラ防止の参考にしていただければ幸いです。
●事業主が行うことを義務付けられる措置
①事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発
②相談に応じ,適切に対応するために必要な体制の整備
③パワハラに係る事後の迅速かつ適切な対応
④プライバシー保護
⑤解雇その他不利益な取扱いをされない旨の周知・啓発
●事業主が行うことが望ましい取組
①ハラスメント全般に関する一元的な相談窓口の設置
②パワハラの原因や背景となる要因を解消するための取組
③アンケート調査や意見交換等の実施
④事業主が自らの雇用する労働者以外の者に対する言動に関する取組
⑤他の労働者等からのパワハラや顧客等からの迷惑行為に関する取組