第1 はじめに

 令和2年10月13日,同月15日に,合計5件の同一労働同一賃金についての最高裁判決が出されました。

 正社員とそれ以外の従業員について,退職金・賞与の区別は不合理とはいえないとした一方で,扶養手当等の諸手当の区別は不合理であると判断しており,同一労働同一賃金の考え方に1つの重要な指針が示されたといえるでしょう。

 本稿では,それぞれの事案でなぜ項目ごとに判断が分かれたか,それを踏まえてどのような制度設計をすべきか,そのポイントを解説します。

第2 判例のポイント

1 判例の概観

 今回の判例では,複数の労働条件の相違についての判断がなされました。
 まずは判断された労働条件と,それぞれどのような判断がなされたかを概観します。

 退職金の有無:不合理ではない
 賞与の額:不合理ではない

 私傷病による欠勤中の賃金,有給の有無:判断が分かれた

 年末年始勤務手当の有無:不合理
 夏期・冬期休暇の有無:不合理
 祝日給の有無:不合理
 扶養手当:不合理

2 判断が分かれたポイント

⑴ 考慮要素

 5つの判例で用いられた考慮要素は,どれも同じものです。すなわち,旧労働契約法20条に定められた以下の4つです(同様の規定がパートタイム労働法8条に引き継がれています。)。
 ①業務内容
 ②責任
 ③配置変更の範囲
 ④その他の事情

 また,これに加えて,当該労働条件の相違が生じている趣旨や支給される手当等の性質も重視しているようです。

 以下では,これらに鑑みて,何が不合理で何が不合理でないと判断されたのか解説していきます。

⑵ 不合理ではないとされたもの

 最高裁は,①~④に鑑み,正社員とそれ以外の従業員に一定程度の業務内容の違いがあることを前提としつつ,当該労働条件の相違が正社員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るという趣旨で設けられている場合には,正社員以外の従業員に相応の継続的な勤務が見込まれない限り,不合理ではないと判断していると考えられます。

⑶ 不合理とされたもの 

 他方,それ以外の労働条件の相違については,①~④に鑑み,正社員とそれ以外の従業員に一定程度の業務内容の違いがあるとしても,当該労働条件の相違の趣旨が業務内容の違いに左右されないものであるなら,当該労働条件に相違があるのは不合理だと判断しているようです。

 たとえば,不合理とされた年末年始勤務手当についていえば,「多くの労働者が休日として過ごしている12月29日から1月3日までの間において,業務に従事したことに対し,その勤務の特殊性から基本給に加えて支給される対価としての性質を有するものである」とし,「業務の内容やその難度等に関わらず,所定の期間において実際に勤務したこと自体を支給要件とするものである」と判示しています。
 要するに,正社員であろうが契約社員であろうが,年末年始に勤務するということの大変さは変わらないはずなのに,正社員にだけ手当があるのはおかしい,というわけです。

第3 判例を踏まえた制度設計の必要性

1 判例の意義

 このように,正社員とそれ以外の従業員との間に生じている相違の不合理性を判断する指針ともいえる判例が出されたことは,各企業に対し,その不合理性を是正するべきであるとのメッセージとも考えられるでしょう。

 実際,不合理な相違を放置してしまえば,労働者から損害賠償請求を受けてしまうおそれもあります。したがって,自社の制度設計をもう一度見直す必要があるといえるでしょう。

 しかし,具体的にどのように設計すればいいのか,判例を概観しただけではよくわからないと思います。そこで,以下では,判例を踏まえた制度設計としてどのようなものが望ましいかを解説します。あくまで一般的なものとして述べておりますので,自社の制度設計について疑問や不明点があるような場合は,早めに弁護士に相談するようにしましょう。

2 退職金・賞与・各種手当等の設定

⑴ 退職金・賞与

 退職金・賞与は,正社員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るという趣旨で支給されるのが一般的といえ,おそらく多くの企業がそのような目的で支給していると考えられますので,正社員とそれ以外の従業員との間に相違があったとしても,他の手当等よりは不合理と判断される可能性は高くないといえるでしょう。

 もっとも,①~④の事情に鑑みて不合理ではない,といえるようなものでなければなりません

 したがって,これらについて相違を設けるとしても,業務内容,責任,配置変更の範囲等についてきちんと区別できるようにしておかなければならないでしょう。具体的には次のような措置を講じる必要があると考えられます。

正社員に比べ,それ以外の従業員の退職金・賞与が低い,またはそもそも支給しない,という制度にする場合,

●業務内容の区別

 正社員と比べて,たとえば,業務内容が相当に軽易であるとか,責任の軽重に一定程度の開きがあるといえる必要があるでしょう。

●配置転換の可能性

 正社員は配置転換が予定されている,または可能性が高いが,それ以外の従業員は配置転換の可能性が極めて低い,またはそもそも配置転換されない,といえる必要があるでしょう。

●正社員登用制度

 希望すれば正社員に登用される,あるいは正社員に登用されるための開かれた試験制度が用意されている必要があるでしょう。

●相応に継続的な勤務の見込みの有無

 契約社員の方が,たとえば1年ごとの契約更新(すなわち,有期雇用契約)の場合であっても,判例上,「相応に継続的な勤務」の見込みがあるのであれば,正社員に退職金または賞与を支給する一方で契約社員には支給しないという制度設計は,不合理とみなされる可能性があります。

⑵ 各種手当等

 他方,それ以外の手当等については,原則として,正社員とそれ以外の方の間に相違を生じさせるのは避けた方が無難といえるでしょう。既に述べたとおり,退職金や賞与以外の手当等については,正社員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るという趣旨が妥当しないものが多いと考えられるからです。

 たとえば,皆勤手当を例に考えてみます。
 この手当は,所定勤務日数の全てに出勤したことを支給要件とするもので,その趣旨は,正社員としての定着を図るというよりも,出勤を奨励し従業員の精勤を確保するものと考えられますが,このような趣旨は正社員でなくとも妥当するはずです(同一労働同一賃金についての先例であるハマキョウレックス事件でも,皆勤手当に相違があることが不合理との判断がなされています)。
 したがって,正社員にのみ皆勤手当を支給し,それ以外の従業員に支給しないことは,不合理と判断される可能性が高いといえます。

 他方,住宅手当を例に考えてみると,仮に正社員のみ全国転勤が予定されており,それ以外の従業員は転勤の可能性がないという場合,正社員にのみ住宅手当を支給することは不合理とはいえないと判断される可能性が高いでしょう。
 この場合,住宅手当の趣旨は,正社員にのみかかる引越費用等の住宅に関する費用を補助する点にあると考えられるからです。

 原則として相違を生じさせるのは避けるべきですが,例外的に,趣旨に照らして十分妥当といえる相違もありえますので,この点を十分に検討すべきといえるでしょう。

3 小括

 以上のように,制度設計を見直すにあたっては,まず,当該労働条件の相違の趣旨を明確にし,①~④に関する自社の事情を精査する必要があります。

 退職金・賞与だから相違があっても不合理でない,扶養手当や皆勤手当だから相違があったら不合理,などと一律に判断できるものではない点に注意が必要です。

第4 おわりに

 法律や判例を無視して,あるいはこれらに抵触するような事情を理由として,正社員とそれ以外の従業員との間に労働条件の相違を設けたままにしていれば,その相違が不合理であるとして,損害賠償請求等思わぬ金銭的不利益を被るおそれがあります。

 また,そのような請求が実際に行われなくても,自分たちが置かれている状況は不合理なものだと従業員の方が不満を感じ,業務に支障が出るかもしれません。

 そのようなことにならないよう,法律や判例を踏まえた制度設計をする必要があります。

 まずは自社で見直しを図る必要がありますが,制度設計を行うにあたって法的な問題や疑問が生じたら,早めに弁護士に相談するのが望ましいでしょう。