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この判決は、営業譲渡契約は、債権行為であって、営業の譲渡人と従業員との間の雇用契約関係を譲受人が承継するかどうかは、譲渡当事者間の合意により自由に定められるべきものであり、営業譲渡の性質として雇用契約関係が当然に譲受人に承継されることになるものと解することはできないと判断しました。
事案の概要
(1) Xは、A学園が設置運営していた専門学校の経営を引き継いだ学校法人である。A学園は債務超過に陥り、経営が破綻したため、訴外Bと協議してXを設立することとした。Xの代表等は、A学園と協議し、専門学校全体を譲渡する合意がなされた。
(2) A学園は雇用する教職員全員に対して退職金を支払ったうえで退職させ、退職者のうち、本件専門学校に運営に必要な教職員をXにおいて雇用することとした。その際、一般に公募はせず、A学園の教職員のうちXの採用を希望する者の中から採用することとした。Xが採用した教職員は、応募者183名中154名であり、29名が不採用となった。
(3) Yは、A学園に教職員として雇用されていた者であり、XとA学園の上記合意により、退職し、Xへの採用を希望したものの不採用となった。
Yは、労働組合のA学園分会の分会長であり、A学園に対して、本件承継について団体交渉を申し入れていた。また、Yは、Xによる不採用が不当労働行為に該当するとして労働委員会に救済の申し立てをしていた。
(4) Xは、Yに対して、雇用関係が存在しないことの確認を求めて本訴を提起した。これに対して、YがXとの間の雇用関係の存在を主張するとともに、Xにおける雇用開始の日からの給与及び賞与の支払、並びに不当労働行為により精神的損害を被ったとして損害賠償を請求した(反訴)。
第一審は、XとYとの雇用関係の存在及び賃金請求を認め、Yの請求を認容した。
判旨・判決の要約 原判決一部取消し、本訴請求認容、反訴請求棄却
(1) まず、XとA学園との間に、法的に教職員の雇用契約関係の承継を基礎付け得るような実質的な同一性があるものとは評価することはできない。
(2) 次に、A学園の解散とXの設立が、労働組合を壊滅させるためとか、Yの組合活動を嫌悪してこれを排除するためにされたなど、法人格の濫用に当たるものと評価すべき事実関係を認めるに足りる証拠はない。
(3) また、営業譲渡契約は、債権行為であって、契約の定めるところに従い、当事者間に営業に属する各種の財産を移転すべき債権債務を生ずるにとどまるものである上、営業の譲渡人と従業員との間の雇用契約関係を譲受人が承継するかどうかは、譲渡当事者の合意により自由に定められるべきものであり、営業譲渡の性質として雇用契約関係が当然に譲受人に承継されることになるものと解することはできない。
(4) XとA学園が交わした本件覚書においても、雇用契約関係を承継しないという文言の条項がないこと、非常勤講師の雇用が引き継がれていることなどYの挙げる事情をもってしても、Xが応募者全員を雇用する意思があったことを推認させるものということはできない。
解説・ポイント
事業譲渡における労働契約の承継は、他の権利義務と同様に特定承継となります。したがって、労働契約の承継については、譲渡会社と譲受会社間の個別の合意が必要とされるとともに、労働者の権利義務の一身専属性を定めた民法625条1項が適用され、承継には労働者の個別の同意が必要となります。
また、事業譲渡における権利義務関係は事業譲渡の契約内容により定められるため、譲渡当事者間で譲渡先が譲渡元の労働契約関係を承継しない旨の合意がある場合には、承継対象から排除された労働者が労働契約上の地位の確認を請求することはできません。
もっとも、譲渡先の会社は、特定の労働者を排除することが、不当労働行為や公序良俗違反等に当たる場合、不法行為として損害賠償請求の対象となる可能性があるので注意が必要です。