はじめに

 婚姻期間の長い夫婦が離婚する場合には、扶養者の退職金が財産分与の対象に含まれるかが問題となることがあります。
 
 扶養者が勤務期間の長い会社員や公務員である場合には、一般的に退職金が高額となる傾向もあり、退職金の支給を待って、被扶養者側の配偶者から離婚を切り出されることもあります。
 退職金は、公的年金と相まって退職後の生活資本の柱となるため、退職金が財産分与の対象となる場合は、分与される側の人生設計に大きな影響を与えることになります。
 
 本稿では、財産分与の対象となる退職金に関わる争点や注意点などについてご案内し、一般的に退職金(退職手当)が大きくなる傾向にある公務員の退職時の分与額についてご紹介致します。

財産分与の対象

1 財産分与とは

 財産分与とは、離婚した夫婦の一方が、他方に対して、財産の分与を求めることをいいます(民法768条1項)。
 
 財産分与には、夫婦が婚姻中に協力して形成した財産を清算する清算的財産分与や離婚後の経済的弱者(専業主婦など)に対する扶養的財産分与、離婚原因を作った有責配偶者から他方に対する慰謝料的財産分与があります。
 
 実務上は、主に清算的財産分与や扶養的財産分与が問題となります。
 本稿で紹介する退職金の財産分与は、清算的財産分与と扶養的財産分与の両面の性質を有していますが、実務上は清算的財産分与の一つと考えられています。

2 財産分与の対象

 財産分与の対象となる財産には、不動産預貯金生命保険退職金株式などが挙げられますが、借金など夫婦共同生活のために借り入れた債務であれば、債務も財産分与の対象に含まれることがあります。

3 分割方法

(1)2分の1ルール

 清算的財産分与においては、婚姻中に2人で協力して財産を形成してきたという、双方の貢献度を考慮して公平に分与することを基本としています。
 そのため分割割合は、原則として2分の1とされ、財産形成のための寄与度や夫婦間の所得差を考慮して、分割割合が修正されることになります。

(2)2分の1ルールに基づく算定式

 財産分与を受ける側を権利者、財産分与する側を義務者とすると、2分の1ルールに基づく算定式は以下のとおりとなります。

 財産分与額={(権利者名義の資産+義務者名義の資産)-(権利者名義の負債+義務者名義の負債)}÷2-(権利者名義の資産-権利者名義の負債)  

 たとえば、権利者を妻、義務者を夫、妻の資産が100万円、負債が20万円、他方、夫の資産が500万円、負債が100万円と仮定して上の算定式に当てはめると、以下のとおりとなり、権利者である妻への分与額は160万円となります。

{(100万円+500万円)-(20万円+100万円)}÷2-(100万円-20万円)=160万円

 夫の純資産400万円(500万円-100万円)から160万円を妻に分与するので、400万円-160万円=240万円となり、他方、妻の純資産80万円(100万円-20万円)に分与額160万円が加算されるので、80万円+160万円=240万円となり、夫婦間で公平に分与されることになります。

 要するに、夫婦2人の純資産を合算し、それを2等分したものから財産分与を受ける権利者の純資産を差し引いた額が分与額になるということです。
 
 なお、資産から負債を控除した結果、債務超過となる場合には、清算的財産分与は行われません(東京高決平10・3・13家月50・11・81)。

(3)退職金の分与

 後述のとおり、退職金の分与についても上記2分の1ルールの基本的な考えが当てはまりますが、分与額の具体的な算定時期や算定方法については、分与対象となる他の財産と異なることになります。

退職金が既に支払われている場合

1 財産分与の対象となる

 退職金が既に支払われている場合、婚姻期間に対応する部分は財産分与の対象となります。

2 分与対象の退職金額の算定方法

 分与対象の退職金額の算定方法として以下のような方法がありますが、いずれの方法が採用されるかは裁判所の裁量により個別の事案に応じて判断されることになります。

(1)勤務年数に占める同居期間の割合で算定する場合

 勤務年数に占める同居期間の割合で算定する場合には、支給退職金額に同居期間を乗じた金額から勤務期間を除して算定する例があります(横浜家審平13・12・26家月54・7・64)。

(2)勤務年数の支給率に占める同居期間の支給率の割合で算定する場合

 勤務年数の支給率に占める同居期間の支給率の割合で算定する場合には、支給退職金額に同居期間の支給率を乗じた金額から勤務期間の支給率を除して算定する例があります(水戸家龍ヶ崎支審平9・10・7家月50・11・86)。 

退職金が将来支払われる場合

1 将来支給分も財産分与の対象となる

 将来の退職金については、支給の有無や金額について不確定であったため、財産分与の対象とすることに消極的な考えもありましたが、現在では、その支給が相当先のことであっても支給の蓋然性が認められる場合には、財産分与の対象になると考えられています。

 不確定要素については、具体的な金額の算定の考慮要素として検討すればよいと考えられるからです。

 なお、支給の蓋然性については、勤務先の規模や就業規則など退職金規程の有無、在職期間、定年退職までの期間などによって判断されることになります。

2 退職金の分与の時期

 将来支払われる退職金の分与時期としては以下の2つがあります。

1.離婚時
2.将来の退職金支払い時

3 分与対象の退職金額の算定方法

 分与対象の退職金額の算定方法として以下のように幾つかありますが、いずれの方法が採用されるかは裁判所の裁量により個別の事案に応じて判断されることになります。

(1)定年退職の時期が比較的近い場合

 約5年以内など比較的近い時期での退職が予定されている場合には、将来の退職見込み金額にこれまでの在職期間中に同居期間が占める割合を乗じた金額から、中間利息を控除したものを分与対象財産として算定する方式を採用する例が多く見られます。

(2)定年退職の時期が相当先となる場合

 定年退職の時期が相当先となる場合は、別居時に自己都合により退職した場合の退職見込み金額から、婚姻時に自己都合により退職した場合の退職見込み金額を控除した金額を分与対象財産として算定する方式を採用する例が多く見られます。  

 この他にも、定年退職見込み金額を基準として、中間利息を控除せず将来給付を命じた判決(東京高決平10・3・13家月50・11・81)や離婚時に退職したと仮定して退職見込み金額を基準に将来給付を命じた判決(広島高判平19・4・17家月59・11・162)などがあります。

公務員の退職手当に関する分与額

1 人事院の調査結果

 令和4年4月21日人事院より公表された「民間の退職金及び企業年金の実態調査の結果並びに国家公務員の退職給付に係る本院の見解について」によると、民間における退職手当が 24,055,000円であるのに対し、(国家)公務員の退職手当は24,070,000円と民間の退職手当よりも15,000円(0.06%)とわずかに上回るに過ぎず、民間と公務員では大きな差がないことが分かります。 

 なお、人事院による実態調査についてはこちらをご覧下さい。

2 実態は公務員の方が手厚い

 本調査は、退職手当及び企業年金が支給される民間企業を対象としており、50人以上の労働者を雇用する一定の規模の企業であることや、勤続年数20年以上の定年退職者の退職金を対象としていること、企業年金制度を採用している企業は企業全体の約44%と半数以下であること、近年において1つの企業に勤める労働者が減少していることなどの事情を考慮すると実際の民間企業の退職金はもっと低額であると考えられます。
 
 本調査は退職金制度の整備された比較的規模の大きな企業を対象としたものと考えられるため、一般的な中小規模の民間企業における退職金を反映したものとは言い難く、上記比較の調査結果は参考程度にとどめるのが妥当といえそうです。

 他方、民間企業に対して、公務員(本調査は国家公務員が対象ですが)の退職手当制度には、民間企業の退職一時金に対応するものとして、退職手当が支給され、企業年金制度に対応するものとして共済年金給付が支給されることになるので、比較的規模の大きい民間企業の退職金と同程度以上の退職手当の支給がなされることが分かります。

3 公務員の退職金の分与額

 上記の通り、企業の規模にもよりますが、定年まで勤めた場合、民間企業の退職金よりも公務員の退職手当の方が金額が大きくなる傾向にあります。
 
 そのため、債務超過などの事情もなく、公務員の勤務年数に占める配偶者の同居期間(婚姻期間)の割合が大きい場合には、退職金(退職手当)の分与額も婚姻期間の長さに比例して大きくなる傾向にあるといえるでしょう。 

まとめ

1 退職金も共有財産となり得る

 本稿では、財産分与の対象となる退職金について、既払いの場合はもちろん、将来支給される退職金についてもその対象となることや、その算定方法、民間企業の退職金と公務員の退職手当の相違点などについて紹介致しました。
 
 本稿は財産分与の対象となる退職金についてフォーカスしたものとなっていますが、財産分与を請求する場合には、財産分与の対象となるその他の夫婦共有財産についても検討が不可欠です。

 たとえば、財産分与の対象として年金分割も挙げられますが、離婚時期によっては支給される年金が減ってしまう場合もありますので(例:離婚時によっては65歳以降老齢基礎年金に追加される振替加算が支給されなくなる)、離婚の意思が固まっていたとしても、離婚時期については十分に検討した上で行う必要があります。

2 財産分与のご相談は弁護士に

 財産分与の対象となる共有財産の調査は財産分与のポイントであり、財産分与の金額にも大きな影響を与えますが、当事者間で資料の開示がなされず、審理が進まないという事態も想定されます。また、離婚時期によっては、公的年金の支給額にも関わってきます。
 
 十分に事実関係を調査し、有利な主張を展開していくためには、専門家である弁護士に相談しながら慎重に検討することが大切です。財産分与をはじめ慰謝料や養育費など離婚に関わる問題について気になることがあれば、まずは離婚問題に詳しい弁護士に相談してみると良いでしょう。

 「弁護士法人いかり法律事務所」は、離婚・男女問題について相談・解決実績多数の弁護士が在籍していますので、これらの問題について何か気になることがあれば、無料法律相談をご予約の上、お気軽にご相談下さい。