はじめに

1 近年離婚件数は減少傾向にある

 令和2年までの調査結果が公表された令和4年度離婚に関する統計の概況」によれば、令和2年の離婚件数は約19万3000組となっており、約29万組と最も離婚件数の多かった平成14年以降、減少傾向で推移していることがわかります。
 なお、調停離婚や審判離婚など裁判によらない協議離婚の割合は令和2年では88.3%となっており、例年90%前後で推移しています。

2 年金分割制度の意義

 離婚時の年金分割制度は、離婚後も、夫婦それぞれの老後における生活資本となっています。最近ではiDeCoなどの個人型確定拠出年金への理解も広まりつつありますが、日本ではまだ海外のように、自ら資金を運用し、将来受け取る年金を増やしていく仕組みへの理解はまだ十分とはいえません。
 そのため、今後も年金は老後の生活のための大きな資金源となっています。

 年金分割制度は、財産分与制度と同じように生活保障の機能を有しており、年金分割の請求により、婚姻期間の長い夫婦の離婚の場合には、年額にすると数十万円も増額する可能性があるため、離婚時にはそのタイミングも併せて慎重に検討しなければならない重要な問題であるといえます。

 本稿では、年金分割制度の内容について理解を深めて頂くため、合意分割と3号分割の概要及び手続について解説しています。

合意分割と3号分割

1 合意分割とは

 合意分割とは、平成19年4月1日以降に離婚等をした場合に、離婚等をした当事者間の合意や裁判手続きにより按分割合を定めたときに、その当事者の一方からの請求によって、婚姻期間等の保険料納付記録を当事者間で分割することが出来る制度のことをいいます。
 
 保険料納付記録とは、厚生年金保険料の算定の基礎となった標準報酬のことをいいます。この標準報酬を基礎として厚生年金保険の年金額は計算されることになります。

 つまり、分割されるのは、将来支給される厚生年金保険の年金額の算定基礎となる標準報酬であって、将来支給される年金自体を相手から半分受け取ることではないことに注意が必要です。
 また、分割の対象は国民(基礎)年金ではなく、厚生年金であることにも注意が必要です。

 なお、「離婚等」とは離婚や婚姻の取消し、内縁関係にある当事者の一方が国民年金第3号被保険者資格を喪失し、内縁関係が解消したことをいいます。

 平成19年4月1日以降に離婚等をしたのであれば、平成19年4月1日前の婚姻期間も合意分割の対象となります。

2 3号分割とは

 3号分割とは、平成20年4月1日以降の国民年金の第3号被保険者期間について、離婚等をした場合に、被扶養者等からの請求により、第2号被保険者の厚生年金保険の保険料納付記録を自動的に(強制的に)2分の1に分割することが出来る制度のことをいいます。合意分割と同じように、分割されるのは、保険料納付記録であり、年金額の算定基礎となる標準報酬となります。

 自動的に保険料納付記録を分割するのは、そもそも厚生年金の保険料は被保険者(サラリーマンや公務員など)と被保険者の被扶養配偶者が共同して負担しているとの認識に基づくものです。

 なお、合意分割が平成19年4月1日前の婚姻期間も分割の対象としていたのと異なり、3号分割の場合には、標準報酬の分割の対象となるのは、平成20年4月1日以後の期間に限られている点に注意が必要です。

合意分割の概要と要点

1 合意分割の要件

 第1号改定者(分割される側)又は第2号改定者(第1号改定者の配偶者であって分割を受ける側)は、離婚等をした場合であって、次のいずれかに該当するときに、実施機関に対し、当該離婚等について合意分割の対象期間に関する被保険者期間の標準報酬の改定又は決定を請求することができます。
 この請求を「標準報酬改定請求」といいます。

①当事者が標準報酬の改定又は決定の請求をすること及び請求すべき按分割合について合意しているとき
家庭裁判所が按分割合を定めたとき

 なお、実施機関は、第1号厚生年金被保険者であれば、厚生労働大臣、第2号厚生年金被保険者であれば、国家公務員共済組合及び国家公務員共済組合連合会のように、厚生年金保険の被保険者の種別により異なります。
 また、按分割合とは、改定又は決定後の当事者の対象期間の標準報酬総額の合計額に対する第2号改定者の対象期間の標準報酬総額の割合のことをいいます。

 一言でいえば、按分割合とは、分割をうける側の最終的な取り分のことと理解しておけばよいでしょう。

2 按分割合の決定

⑴ 家庭裁判所が定める場合

 家庭裁判所は、当事者間で協議が調わない又は協議自体ができない場合には、当事者の一方からの申立てにより、合意分割の対象期間における保険料納付に対する当事者の寄与の程度その他一切の事情を考慮して、按分割合を定めることが出来ます。

⑵ 按分割合の範囲

 按分割合の範囲は、当事者それぞれの対象期間の標準報酬総額の合計額に対する第2号改定者の対象期間の標準報酬総額の割合を超え2分の1以下の範囲内とされています。
 つまり、第2号改定者(分割を受ける側)の取り分は、最大でも対象期間中の当事者双方の標準報酬総額を合計した総額の2分の1までの範囲になるということです。

3 合意分割の請求方法

⑴ 公正証書により実施機関に対して行う

 年金額の算定基礎となる標準報酬の改定請求は、当事者が標準報酬の改定又は決定の請求をすること及び請求すべき割合について合意している旨が記載された公正証書の添付その他の厚生労働省令で定める方法により行わなければなりません。
 対象期間の標準報酬改定の請求先は、厚生労働大臣(第1号被保険者の場合)など実施機関となります。

⑵ 請求の期限は原則2年

 標準報酬の改定請求は、離婚が成立した日又は婚姻が取り消された日などの翌日から起算して2年を経過したときは請求することができません

 ただし、離婚等が成立した日等の翌日から起算して2年を経過した日以後に、又は離婚等が成立した日等の翌日から起算して2年を経過した日前6か月以内に按分割合を定めた審判が確定した場合には、当該審判が確定した日の翌日から起算して6か月を経過する日までは、実施機関に対して対象期間の標準報酬の改定請求を行うことができます。
 
 つまり、裁判所が関与すれば、実施機関への請求期限が延長されるということです(もっとも、この場合も、離婚が成立した日等の翌日から起算して2年を経過する日前に請求すべき按分割合に関する審判の申立てがあった場合に限ります)。

 なお、当事者の一方が死亡した場合には、死亡日から起算して1か月以内に他方当事者より対象期間の標準報酬改定請求を行えば、当事者の一方が死亡した日の前日に当該請求があったものとみなされます

⑶ 実施機関への情報の請求

 当事者又はその一方は、厚生労働大臣などの実施機関に対して、標準報酬の改定請求を行うために対象期間の標準報酬総額や按分割合の範囲、これら算定の基礎となる期間など下調べのための必要な情報を請求することができます。
 
 ただし、「標準報酬改定請求後」又は「離婚等をしたときから2年を経過したとき」等は、請求することができません。

4 標準報酬の改定又は決定

 「合意分割」とはいいますが、実際に年金額の算定基礎となる標準報酬の改定又は決定を行うのは実施機関となります(合意できるのは按分割合の範囲です)。
 実施機関は、標準報酬の改定請求があった場合には、第1号改定者の有する対象期間の被保険者期間の各月ごとに、当事者の標準報酬月額又は標準賞与額に一定の割合を乗じて改定又は決定することができます。

 改定され又は決定された標準報酬は、当該標準報酬改定請求のあった日から将来に向かって効力を有し実施機関は改定又は決定を行った時は、最終的に標準報酬がいくらとなったのか、その旨を当事者に通知することになります。

3号分割の概要と要点

1 3号分割の要件

 特定被保険者(分割される側)が被保険者であった期間中に被扶養配偶者を有する場合に、当該特定被保険者の被扶養配偶者は、当該被保険者と離婚又は婚姻の取消しをしたときその他これに準じるものとして厚生労働省令で定める時は、実施機関に対して、特定期間(特定被保険者が被保険者であった期間であり、かつその被扶養配偶者が国民年金の第3号被保険者であった期間)に係る被保険者期間の標準報酬の改正及び決定を請求することができます。

 厚生労働省令で定める時とは、たとえば、被扶養配偶者が国民年金の第3号被保険者の資格を喪失している場合で、離婚の届出をしていないけれども、夫婦としての共同生活はなく事実上離婚しているのと同様の事情にあると認められ、かつ夫婦がともに当該事情にあることを認めている場合が該当します。

 なお、請求日に特定被保険者が障害厚生年金の受給権者であった場合には障害認定日前の特定期間について3号分割を請求することはできません

⑴ 実施機関に対して請求する

 3号分割の標準報酬改定請求は、被扶養配偶者から実施機関に対して請求することにより行う必要があります。
 同請求は、被扶養配偶者に限り行うことができ、特定被保険者(分割される側)からは行うことが出来ません。

⑵ 請求期限は原則2年

 離婚や婚姻の取消し等をした日の翌日から起算して2年を経過した場合には3号分割の標準報酬改定請求を行うことはできません

 ただし、事実上離婚していると同様の事情が認められる時期の判定が困難な場合があるため、請求期限を形式的に2年と区切られない場合もあります。
 
 なお、特定被保険者が死亡した日から起算して1か月以内に被扶養配偶者より3号分割の標準報酬改定請求を行えば、当該特定被保険者の死亡した日の前日に当該請求があったものとみなされます

3 標準報酬の改定又は決定

 実施機関に対して、3号分割の標準報酬改定請求があった場合には、実施機関は特定期間に係る被保険者期間の各月ごとに、当該特定被保険者及び被扶養配偶者の標準報酬月額を当該特定被保険者の標準報酬月額に2分の1を乗じて得た額にそれぞれ改定及び決定することができます。
 
 同様に、特定被保険者に標準賞与額を有する特定期間に係る被保険者期間の各月ごとに、当該該特定被保険者及び被扶養配偶者の標準賞与額を当該特定被保険者の標準報酬月額に2分の1を乗じて得た額にそれぞれ改定及び決定することができます。 

 合意分割と同じように、改定され又は決定された標準報酬は、3号分割の標準報酬改定請求のあった日から将来に向かって効力を有し、実施機関は改定又は決定を行った時は、最終的に標準報酬がいくらとなったのか、その旨を特定被保険者及び被扶養配偶者双方に通知することになります。

4 合意分割と3号分割の関係

 合意分割の対象期間内に、3号分割の対象となる特定期間がある場合には3号分割が優先されることになります。
 
 合意分割の対象期間と3号分割の特定期間は必ずしも一致しないので、年金額の算定基礎となる標準報酬の改定・決定は、まずは3号分割による改定・決定を行い、その後合意分割の改定・決定の順で行われることになります。

年金分割の請求に必要な書類

 合意分割であれ、3号分割であれ、年金分割は実施機関に対して請求することが必要となります。これまで述べたことからも分かるように、離婚によって当然に年金が分割されるわけではありません。

 年金分割の請求にあたり、標準報酬改定請求書などが必要となります。
 請求書などの書式や記入例については、日本年金機構のHPに掲載されていますので、こちらを予めご確認の上、ダウンロード等を行って下さい。 

離婚問題のご相談は弁護士法人いかり法律事務所へ

 年金分割をはじめ財産分与や養育費、面会交流など離婚にかかわる問題について総合的な法的アドバイス、裁判対応ができるのは法律の専門家である弁護士だけです。
 とりわけ年金分割については、婚姻期間の長さに比例して将来(老後)受け取る年金額が大きく異なるので離婚のタイミングなど慎重な検討が必要な場合があります。
 男女間のトラブルや離婚問題について何か気になることがあれば、男女間のトラブル・離婚問題に強い経験豊富な弁護士にご相談してみることをお勧めいたします。

 弁護士法人いかり法律事務所には、男女間のトラブル・離婚問題の相談・解決実績が豊富な弁護士が多数在籍していますので、まずは無料法律相談をご予約の上、お気軽にご相談下さい。