はじめに

 医療法人の財産分与とは、ひとことで言うと、離婚に伴う財産分与の対象となる、医療法人の設立に際して出資した金銭その他財産に関する「持分」を夫婦間で公平に分配することをいいます。
 そして、この医療法人の出資「持分」とは、定款の定めるところにより、出資額に応じた払戻し又は残余財産の分配を受ける権利のことをいいます。
 
 医療法人の財産分与は、医療法人への出資者が当該医療法人に対して出資持分を有している場合に問題となります。
 具体的には、離婚当事者の一方又は双方が医療法人への出資者であって、退社により出資持分の払戻請求や、解散時の残余財産の分配請求を行う場合に問題となります。
 本稿では、なぜ、これらの請求が問題となるのかに着目しつつ、上記財産分与についてご紹介致します。 
 
 なお、医療法人の「持分」については、「出資持分」「出資金」「出資」など様々な呼称が用いられてきたため、平成26年の医療法改正に伴い「持分」と統一されることとなりましたが、本稿では、説明の便宜上、「出資持分」と呼んでいます。

平成18年医療法改正による影響

 平成18年法律84号(平成19年4月1日施行)による医療法の改正に伴い、医療法人の非営利化を強化する趣旨から、出資持分のある医療法人の新規設立は認められなくなりました

 また、この改正により、法人解散の際の残余財産の帰属先は、国若しくは地方公共団体又医療法人その他の医療を提供する者であって厚生労働省令で定めるものの内から選ばなければならなくなりました(医療法44条5項)。これにより、実質的に私人への剰余金の配当は禁止され、医療法人の非営利化が推進されることとなりました。
 
 現在では、上記医療法改正後に設立された医療法人や同医療法改正後定款を変更して持分を解消した医療法人は、出資持分やその社員たる地位を財産分与の対象とすることはできないこととなっています。

医療法人の財産分与の特徴

1 保有財産の清算の制限

 医療法人がその業務を適切に行うためには、相当の人的・物的資産が必要となり、出資者に払い戻し請求が認められるとしても、離婚という個人的な事情により医療法人のすべての保有資産を清算してこれらを離婚当事者に分配することは予定されておらず、可能であるとしても容易ではありません。退社に際して社員全員の同意を取り付けるなど諸々の手続が想定されます。
 
 法令上も、医療法人がその業務を行うために必要な資産を有しなければならない旨を定め(医療法41条1項)、医療法人の資産に関して必要な事項を厚生労働省令で定めるとともに(同条2項)、剰余金の配当をしてはならないものと定めています(医療法54条)。
 また、同法施行規則では、医療法人は、その開設する病院、診療所又は介護老人保健施設の業務を行うために必要な施設、設備又は資金を有していなければならないと規定しており(同施行規則30条の34)、医療法人のすべての保有財産を離婚当事者間で清算して分配することは予定していないといえます。

2 出資持分の払戻しの制限

 医療法人の非営利性の徹底を図るため、平成18年医療法改正により、平成19年4月1日以降は出資持分のある医療法人の新規設立は認められないこととなり、その結果、医療法人の設立に際して出資を行ったとしても、退社時に出資持分の払戻しの請求や法人解散時に残余財産の分配請求はできないこととなりました。

 一方、上記医療法改正前の出資持分のある医療法人についても、収益又は評価益を剰余金として配当することが認められていませんでしたが、当該医療法人の定款などに規定があれば、医療法人へ出資した社員は出資額に応じて払戻しを請求することや解散時の残余財産の請求が認められていました。
 
 そのため、離婚に伴う「医療法人の財産分与」の対象財産は、平成18年医療法改正の出資持分の評価額ということになりました。

「医療法人」の財産分与

1 医療法人の類型

 そもそも「医療法人」とは、病院、医師もしくは歯科医師が常時勤務する診療所又は介護老人保健施設を開設することを目的として、医療法の規定に基づき設立される法人のことをいいます。
 
 医療法人には法人としての形態に着目した類型である「社団たる医療法人」と「財団たる医療法人」があり、ほとんどの医療法人が「社団たる医療法人(社団医療法人)」とされています。
 本稿でもこの「社団医療法人」の財産分与について紹介しています。

2 社団医療法人の類型

(1)出資持分のある医療法人

 社団医療法人は、出資持分の有無により「出資持分のある医療法人」と「出資持分のない医療法人」に分けられます。
 
 出資持分のある医療法人の中には「出資額限度法人」という類型があります。

 出資額限度法人とは、出資持分のある医療法人であって、社員の退社に伴う出資持分の払戻しや医療法人の解散に伴う残余財産分配の範囲について、払込出資額を限度とすることを定款で定めているものをいいます。
 出資額限度法人は、医療法人の財産評価額や社員の出資割合にかかわらず、出資持分の払戻請求権や残余財産分配請求権の及ぶ範囲が、当該社員が実際に出資した額そのものに限定される点に特徴があります。

(2)出資持分のない医療法人

 出資持分のない医療法人の中に、基金拠出型法人とよばれるものがあります。
 
 基金拠出型法人とは、法人の活動の原資となる資金調達手段として、定款の定めるところにより、基金の制度を採用しているものをいいます。
 平成19年4月1日施行の医療法改正後の医療法人の設立は、この基金拠出型法人が一般的となっていますが、出資持分のある医療法人から基金制度を採用した医療法人へと移行する場合には、配当所得が発生する場合があるので注意が必要です。

(3)出資持分のある医療法人は多数

 上記の通り、平成19年4月1日以降、出資持分のある医療法人の新規設立は認められなくなりましたが、厚労省公表の「種類別医療法人数の年次推移」によると、平成31年時点では、医療法人の総数54,790社のうち、出資持分のある医療法人は39,263社と医療法人の総数の約7割を占めており、既存の社団医療法人の大多数は出資持分のある医療法人となっています。

 今日においても、出資持分のある医療法人は多数存在していることから、後に説明するように出資持分の(現在の)評価額など、医療法人の財産分与に関わる問題はしばらく続くものといえます。

医療法人の「財産分与」

1 財産分与の種類

(1)清算的財産分与

 清算的財産分与とは、夫婦が婚姻中に協力して形成した財産を公平に分配することをいいます。財産分与の中心は、この清算的財産分与とされています。

(2)慰謝料的財産分与

 慰謝料的財産分与とは、離婚慰謝料請求権、すなわち不法行為に基づく損害賠償請求権のことをいいます。
 財産的分与と離婚慰謝料請求権は分けて請求することもできますし、財産分与の中に含めて一緒に請求することもできます。

(3)扶養的財産分与

 扶養的財産分与とは、離婚後における一方当事者の生計維持を図るために稼得能力の高い者から分与することをいいます。
 実務では、清算的財産分与や慰謝料的財産分与の判断が先行されるため、清算的財産分与や慰謝料的財産分与による額が離婚後の生活を維持できる程度の金額であれば、この扶養的財産分与は認められないことがあります。

2 出資持分の財産分与

 本稿で紹介している医療法人の出資持分の財産分与は、離婚原因や夫婦間の稼得能力等により慰謝料的要素や扶養的要素も認められますが、医療法人に出資された持分の評価額も夫婦が協力して増やした共有財産に当たるものとして、上記清算的財産分与に当たると考えられています。

医療法人の財産分与の「対象」

1 対象となる権利

 平成18年医療法改正前は出資持分のある医療法人の設立が認められていたことから、定款などに規定があれば以下の権利が認められています。

1.出資持分の払戻請求権
2.残余財産分配請求権

(1)出資持分の払戻請求権

 出資持分の払戻請求権とは、社団医療法人において、出資持分を有する者が、当該医療法人の定款の定めに基づき、当該医療法人に対して、自己の出資持分に相当する財産の払戻しを求めることができる権利のことをいいます。
 
 出資持分の払戻請求権は、出資を行った社員が退社した場合に発生するのが一般的であり、当該医療法人の定款等に出資額に応じた払戻を請求できる旨の規定がある場合には、出資持分の払戻請求権の金額は、退職時点における当該医療法人の財産評価額に、同時点における当該退社社員の出資割合を乗じて算定されることとなります。
 
 なお、先に説明した当該医療法人が出資額限度法人に当たる場合には、出資持分の上限は、払込出資額に限定されることになります。

(2)残余財産の分配請求権

 残余財産分配請求権とは、社団医療法人において、出資持分を有する者が、当該医療法人の定款等の定めに基づき、当該医療法人の解散時にその残余財産を払込出資額に応じて分配を請求できる権利のことをいいます。

 残余財産分配請求権は、当該医療法人が解散した場合に発生します。
 当該医療法人の定款などに出資額に応じて残余財産を請求できる旨の規定がある場合には、残余財産の分配請求権の金額は、解散時点における当該医療法人の財産評価額に、同時点における当該社員の出資割合を乗じて算定されることとなります。
 
 通常、離婚に伴う医療法人の出資持分の財産分与の対象となるのは、医療法人の解散を前提とする残余財産分配請求権ではなく、解散を前提としない出資持分の払戻請求権となりますが、仮に財産分与の対象が残余財産分配請求権となった場合にも、残余財産を分配することが実質的には剰余金の配当に該当することになるため、出資持分の払戻請求権と同じように法人の経営に悪影響を及ぼすおそれがあります(後述3の(1)「経営圧迫のおそれ」参照)。

 なお、出資持分の払戻請求権や残余財産の分配請求権の行使が具体的な事実関係のもとで権利の濫用として制限される場合があるので注意が必要です。 

2 対象財産の評価

(1)純資産価額により評価

 財産分与の対象となる出資持分の評価は、原則として純資産価額により評価されます。
 実務においては、従業員100人以上の旧医療法人について、年利益金額及び純資産価額を類似業種の医療法人を所定の方法で比較した上、類似業種の株価に比準して評価する方法(類似業比準方式)を採ることに合理性があるとされています(最判平22・7・16判時2097・28)。

(2)評価にあたり考慮すべき点

 一般的に、持分会社の退社に際しては、社員全員の同意が必要となるなど一定の要件を満たす必要があります(会社法606条1項、同法607条1項参照)。 
 医療法人においても同じように、出資した社員の有する持分によっては、退社することが容易でなく、権利の具体化までに時間を要することがあります。
 
 医療法人の財産分与に際しては、たとえば、離婚当事者が医師であり、かつ医療法人の出資者であったような場合、当該医師が出資先の医療法人を退職して出資持分の払戻請求をする時点の出資持分の経済的価値を検討する必要があります。
 
 当該医師が当分の間、医師として稼働する意思を有している場合や、将来出資持分の払戻請求や残余財産分配請求がなされるまでに当該医療法人の経営状況が不透明であることなどを考慮することになり、出資持分の評価には慎重な検討が必要となります。

 なお、実務上も、上記の事情などを考慮して、出資持分の評価額を当該医療法人の純資産評価額の7割相当額として評価した裁判例もあります(大阪高判平26・3・13判タ1411・177参照)。

3 出資持分の払戻請求の際の留意事項

(1)経営圧迫のおそれ

 医療法人は非営利法人として剰余金の配当が禁止されていることから、経営の長期化に伴い、内部留保(利益)が多くなる傾向にあります。
 そして、出資持分の払戻請求が行われる場合、退社時における社団医療法人の財産評価額に、当該社員の出資割合を乗じて算出された額が払戻額となるため、内部留保が多くなるにつれて払戻額も大きくなってしまいます。
 多額の払戻しがあると、当該社団医療法人の運営資本が減らされてしまい、医療法人の経営を圧迫するなど法人経営に悪影響を及ぼすことが懸念されます。
 
 払戻先の医療法人に内部留保が多い場合には、出資持分払戻後の経営状況についても注意を払わなければなりません。

(2)相殺

 医療法人が出資持分のある者に対して、貸金返還請求権や不当利得返還請求権、損害賠償請求権など何らかの債権を有している場合には、出資持分の払戻請求権と相殺される場合があります。
 この場合には、退社時の出資持分の評価額が反対債権との相殺により減殺され、結果として財産分与の対象となる共有財産も減少することになるため、注意が必要です。

(3)出資持分の払戻しに伴う課税関係

 出資持分の払戻額から当該出資持分に係る払込出資額を差し引いた金額は、配当所得の金額とされ、払戻しを行う医療法人は、この配当所得の20.42%(復興特別所得税含む)相当額を源泉徴収税として納付する必要があります。
 他方、出資持分の払戻しを受けた者は、上記配当所得について、他の所得と合算して確定申告を行う必要があります。
 また、出資持分のある医療法人の設立後に追加出資や持分の払戻しが行われて出資総額が増減した場合には、その後における出資持分の払戻の際に一部譲渡所得が生じることもあります。
 
 出資持分の払戻しには、配当所得や譲渡所得など課税関係についても注意を払わなければなりません。

まとめ

1 医療法人の財産分与の相談は専門家へ

 平成19年4月1日以降、出資持分のある医療法人の新規設立はできなくなりましたが、現在でも出資持分のある医療法人は多数存在しています。

 医療法人に対して出資持分があり、その出資持分が離婚の際の財産分与の対象となっている場合には、今後も持分の評価額の検討が必要となります。
 医療法人の出資持分の評価については、本稿でも述べたように、法的、とりわけ税法上の専門的・実務的な判断が不可欠となりますので、出資持分の評価は専門家の意見を聞きながら判断していくことが大切です

2 弁護士法人いかり法律事務所へご相談下さい

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