読むポイントここだけ

 この判例は、就業規則などの根拠規定や出向労働者の被る不利益等を考慮した規定から、個別の同意なく出向命令権が認められる場合においても、①業務上の必要②出向対象者の人選の合理性③労働者の受ける不利益の程度④出向命令発出までの手続の相当性の4点から、権利濫用に該当する場合にはその権利行使は無効になると判断しました。

事案の概要

(1) Y社は、製鐵会社であり、Y社に勤務するXらは、Y社の従業員で構成する労働組合の組合員である。
(2) Y社の就業規則及び労働協約には、Y社の業務上の必要により社外勤務をさせることがある旨の規定がある
 また、労働協約である社外勤務規定には、社外勤務を出向と派遣とに分け、①出向期間は原則3年以内とすること、②業務上の必要により期間延長があり得ること、③出向期間は勤続年数に通算されること、④出向中の勤務時間等は勤続年数に通算されること、⑤出向先での給与額がY社の給与額に満たないときは、その差額をY社が支給すること等が定められている。
(3) Y社は、Y社従業員を業務委託していたZ社に出向させることとし、Xら従業員141名を選定した。そして、対象者となった者に労働条件を明示して個別に話し合いを実施したところ、Xら他2名を除く労働者が出向に同意した。
(4) Xらは、Y社の説得により出向先に赴任した。その後、Xらの出向は計3回延長された。そのため、Xらは、本件出向命令は無効であるとして訴えを提起した。

第一審及び控訴審は、Xの請求を棄却した。

判旨・判決の要約 上告棄却

(1) Xらの入社時及び本件各出向命令発令時のY社の就業規則及びXらに適用される労働協約には、Y社が業務上の必要によって社外勤務をさせることがある旨の規定があり、労働協約・・・において出向労働者の利益に配慮した詳細な規定が設けられているという事情・・・の下においては、Y社は、Xらに対し、その個別的同意なしに、本件各出向命令を発令することができるというべきである。
(2) 在籍出向といわゆる転籍との本質的な相違は、出向元との労働契約関係が存続しているか否かという点にあるのであるから・・・出向期間の長期化をもって直ちに転籍と同視することはできない
(3) Y社・・・経営判断が合理性を欠くものとはいえず・・・出向措置を講ずる必要性があったということができ、出向措置の対象となる者の人選基準には合理性があり、・・・Xらがその生活関係、労働条件等において著しい不利益を受けるものとはいえない。これらの事情にかんがみれば、本件各出向命令が権利の濫用に当たるということはできない

解説・ポイント

 出向とは、出向元会社に在籍したまま、出向先会社にて労務に従事させる人事異動をいい、在籍出向などということもあります。その目的も多様であり、子会社・関連会社への経営・技術指導、従業員の能力開発・キャリア形成、雇用調整、中高年齢者の処遇などに利用されています。
 出向命令権と異なり、配転命令権は、労働契約に基づく会社の基本的人事権の一つであり、就業規則等に規定することによって具現化しますが、出向は、企業間の人事異動であり、企業内の移動である配転以上に根拠が問われることとなります。
 本件は、労働協約や就業規則に出向措置を根拠付ける規定や賃金、勤続年数、待遇など労働条件の面についても出向労働者の利益に配慮した規定があったことから、労働者の個別の同意なく出向を命じたことは有効であると判断したことになります。

 しかし、労働協約や就業規則などの包括的規定によって個別の同意なく出向命令権が認められる場合であっても、その権利行使は権利の濫用や公序良俗に反する場合は無効となる(労働契約法14条)ことに注意が必要です。
 出向命令権の権利濫用の該当性は①業務上の必要性②出向対象者の人選の合理性③労働者の受ける不利益の程度④出向命令発出までの手続の相当性の4点を考慮して判断されることになります。