【読むポイントここだけ】

 この判決は、使用者には、職場の労働者の生命及び身体等の安全を保護するよう配慮すべき義務があり(労働契約法5条)、当該義務には、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務(健康配慮義務)は含まれるが、使用者がこの義務に違反し、労働者が精神疾患・自殺に至ったような場合には、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償義務を負うことになると判断しました。

【事案の概要】

(1) Xは、平成2年4月、大学卒業後にYに採用され、新入社員研修後にラジオ推進部に配属された。Xは、採用時は健康で、性格は明朗快活、素直で責任感があり、完璧主義的であった。Xは業務に意欲的で、上司や関係者から好意的に受け入れられていた。

(2) Yでは、残業時間の算定は自己申告制で、36協定の上限を超える残業や過少申告が常態化し、Yもその状況を認識していた。
 Xも残業時間を過少申告していたが、実際には、平成2年8月頃から午前1時~2時頃の帰宅が増え、11月頃からその頻度が増して徹夜が生じ、平成3年7月頃には徹夜が増え、8月24日から3日間長野県へ出張して帰宅後に縊死した。

(3) Xは、死亡の2か月ほど前には心身共に疲労困憊し、業務遂行中も顔色は悪いなどの異常、死亡当月には、言動の異常が見られ、死亡直前の出張時には、Xの上司もその異常に気付いていた。
 Xの両親は、本人の疲労を認識して有給休暇の取得を勧めたが拒まれ、Xの上司も本人に帰宅して睡眠をとるよう指導したが、業務調整などは行われなかった。

(4) Xの両親は、Yを相手方として、Yの長時間労働防止措置の懈怠による安全配慮義務違反もしくは不法行為、上司による長時間労働防止その他の健康管理措置の懈怠による使用者責任を根拠に損害賠償請求をした。

第一審は請求認容、第二審は過失相殺の類推適用により3割を減額した。

【判旨 判決の要約】Yの上告棄却、原判決中Xらの敗訴部分につき破棄差戻し

(1) 使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負担等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務が負い、使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の右注意義務の内容に従って、その権限を行使するべきである。
 Xの上司には、Xの恒常的な長時間労働と健康状態の悪化を認識しながら、負担軽減措置を採らなかった過失があるとしてYの使用者責任を認めた原審の判断は是認できる。

(2) 損害の公平な分担という損害賠償法の理念に照らし、損害の発生又は拡大に寄与した被害者の性格等の心因的要因を一定の限度で斟酌することができ、過重労働による損害賠償請求でも同様に解し得る。
 しかし、企業等に雇用される労働者の性格は多様であり、ある業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れないものでない限り、その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等が業務の過重負担に起因して当該労働者に生じた損害の発生又は拡大に寄与したとしても、そのような事態は使用者として予想すべきである。

 本件でXの性格はその範囲内だったので、その性格及びそれに基づく業務遂行の態様等を斟酌できない。

【解説・ポイント】

 安全配慮義務の中心は、労働安全衛生法や労働安全衛生規則などの労働安全衛生法規の定める安全措置ですが、使用者は、明文の内容に限らず、実際の職場環境に照らして、例えば、盗賊侵入防止の物的設備の設置など労働者の生命及び身体を危険から保護するために必要な措置を講じなければなりません
 また、使用者は、労働者の業務が過重とならないよう、業務形態、給与体系にも配慮しなければなりません。

 裁判所は、80時間の時間外労働時間を前提とした固定残業代が設定されていた点、三六協定で6か月を限度に1か月100時間の時間外労働を許容していた点を理由に、使用者が労働者の労働時間に全く配慮していないとして、安全配慮義務違反を認めています(京都地判平成22年5月25日労判1011号35頁)。
 
 さらに、本件で問題となったように、使用者は、日頃の業務の中で、労働者の精神的・肉体的健康状態に配慮しなければなりません。
 労働者が、長時間労働に従事し、健康状態が悪化していることを認識しながら、負担軽減措置を採らない使用者は、安全配慮義務違反と認められます。労働者が、使用者に自身の精神的健康に関する情報を告げなかったとしても、使用者が労働者のうつ病に気づく可能性があったような場合には、過失相殺事由にはならないとされています。