はじめに

 昨今、過重労働問題やコンプライアンス、ライフワークバランスに対する社会的関心の高まりに伴い、従業員や退職した元従業員からの未払残業代の請求の事例が増えています。後述するように、時間外労働をした従業員に対し,法律上求められている適切な残業代を支払わなければなりません。
 残念なことに、勤怠管理を怠っていたり,支払うべき残業代を払っていない企業はまだまだ多く存在し、退職した従業員から数百万円の未払残業代を請求され、支払いを余儀なくされるという事案も少なくありません。ひとりならまだしも、複数人や集団で請求されると総合して多額の未払残業代を支払わなければならず、企業の財政を圧迫することもあります。
 企業は未払い残業代の問題についてどのように対応すべきなのでしょうか。

残業をめぐるルール

1 時間外労働等に関する規制

 時間外労働や休日労働については、労働基準法で厳格な規制がなされています。使用者は、労働者に休憩時間を除き1週間について40時間、1日について8時間を超えて労働させてはなりません(労働基準法32条)。雇用契約上定められる所定労働時間はこの範囲内におさめなければなりません。時間外労働や休日労働は原則禁止されますが、労使間の労働協定(36協定)がある場合、災害等による臨時の必要がある場合、公務による場合には例外的に許容されます。

2 残業代支払い義務と割増賃金

 所定労働時間を超えて労働する場合には就業規則等で定める時間単価に従って残業代を支払う義務があり、さらに上記法定労働時間を超える場合には割増賃金として時間単価の1.25倍以上(※)を支払う必要があります(労働基準法37条)。
 ※時間外労働1.25倍以上
  休日労働は1.35倍以上
  深夜労働は1.25倍以上
  時間外労働+休日労働は1.6倍以上
  時間外労働+深夜労働は1.5倍以上
  1ヶ月60時間を超えて時間外労働をさせた場合は1.5倍以上(ただし、中小事業主については2023年3月までは1.25倍以上)

3 残業は会社の指示が必要

 残業はあくまでも使用者の指揮命令にしたがってなされるものであり、残業を行うことの業務命令がなければ残業を行う義務も発生しません。そのため、残業代欲しさに勝手に居残りをして作業をしている場合には、原則として残業代は発生しないことになります。
 しかし、裁判例は、残業命令について明示的である必要はなく黙示的なもので足りるとされている点に注意が必要です。残業が常態化しており上司が当然のこととして容認している場合には黙示の残業命令があると判断されるおそれがあり、残業代支払い義務が発生するおそれがあります。

会社が残業代請求を受けた場合の対応

 上記2を前提に労働者より未払い残業代があるとして請求を受けた場合、企業は反論できる余地がないかを検討していくことになります。具体的には以下のとおりです。

1 労働者側の計算根拠を検証する

 まずは、労働者の請求を基礎づけている計算が正しいのか検証する必要があります。具体的には、計算根拠となっている労働時間数についてタイムカードなどの客観的記録などをもとに以下のポイントで精査して把握します
 ✓労働者側が「労働時間」として主張する労働実態が存在しているのか。
 ✓使用者側が残業を指示していないのに「労働時間」として計上されていないか。
 ✓使用者側の指揮命令下にない時間まで「労働時間」に含まれていないか。
 ✓労働時間数や割増賃金等の計算は正しくされているのか、など。

2 時間外手当の支払いの有無を確認する。

 最近では、あらかじめ時間外労働手当として支給している会社も少なくありません。この場合、当該労働者の時間外労働時間分の賃金が時間外労働手当によって既に支払われている可能性もあります。
 なお、時間外労働手当を支給していても、正しく計算された残業代を下回る場合には不足分を支払う必要があることに注意が必要です。

3 時間外労働規制の対象外ではないかを検討する。

 「管理監督者」(労働基準法41条2号)に該当すれば時間外労働規制の対象外となります。「管理監督者」は経営者と一体的な立場にある者であり、役職名だけではなく職務内容、責任と権限、勤務態様等によって判断されます。必ずしも管理職=管理監督者ではありませんが、一定の役職にある者などはこれに該当しないかも検討します。

企業が労働時間管理を怠ると不利益を被るおそれあります(留意点)

1 企業には労働時間を適正に把握する責任があります

 「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」(通称「働き方関連法」)の施行により、会社には労働時間管理を行い労働者の労働時間を正確に把握する責任があります。労働時間の管理する方法は、タイムカード、ICカード、PCログ、勤怠管理システム、自己申告制など色々ありますが。特に自己申告制については注意が必要です、自己申告制は正確に申告されずサービス残業や居残り残業などの問題が生じやすいため、客観的な方法が検討されるべきです。労働時間管理については厚生労働省「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置 に関するガイドライン」が参考になります。

2 裁判実務の取扱い

 残業代の存在自体は明らかであるのに、会社が行うべき時間管理を怠ったため社員が残業時間数の立証ができない場合には社員の立証負担が軽減され、概括的に残業時間を推認して社員の割増賃金請求を認めた裁判例があり(京都銀行事件・大阪高判平成13年6月28日、ゴムノイナキ事件・大阪高判平成17年12月1日)、会社が労働時間感義務を怠った結果、会社側に不利な認定がされてしまうおそれがあります。

未払い残業問題については福岡のいかり法律事務所の弁護士に相談ください

 未払い残業代を請求された場合、まずは事実関係と証拠関係に基づいて、以上に述べた観点から法的な検証を行うことが必要であり、弁護士への相談は不可欠と言えます。
 また、トラブルを未然に防止し、従業員と企業を守るためにも、企業として適切な日頃の勤怠管理や残業代支払いの対応が求めれています。このような取り組みが、従業員の生産性を上げ、ひいては企業利益にも繋がっていくことにもなります。
 残業代をめぐる問題については法的な知識や経験を必要とします。福岡のいかり法律事務所には労働法に詳しい弁護士が複数在籍していますので是非ご相談ください