はじめに
就業規則は、労働関係の最も基本的な見取り図であり、会社設立に際しては、定款(設立に必須)に次いで作成に着手するべき重要なルールですが、就業規則は、周囲の経済事情や会社内部の変容などに応じて、合理的かつ迅速に変更、修正を行わなければならないものでもあります。
本稿では、就業規則の作成手続から就業規則による労働条件の変更・不利益変更について、その運用とポイントをご紹介致します。
就業規則とは
就業規則とは、事業場において使用される労働者全体に適用される職場のルールのことをいいます。
労働契約が使用者と労働者との個別の契約であり、個々の労働者に対して適用されることと異なりますが、両者の関係については、労働契約法12条の定めるところによるとされています。
すなわち、労働契約法12条では、「就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効とする。この場合においては、無効となった部分は、就業規則で定める基準による」と規定されていることから、労働契約は就業規則に反することはできないということが分かります(この就業規則により労働契約を規律する効力を最低基準効といいます)。
なお、就業規則よりも労働契約の内容が、労働者にとって有利な内容である場合には、当該労働契約は有効とされています。
就業規則の作成・届出義務
1 作成・届出義務を負う使用者
就業規則は、使用者が常時10人以上の労働者を使用する場合に作成義務が発生し、所定事項について作成した就業規則を所轄労働基準監督署長に届け出る必要があります。
就業規則の内容を変更した場合も、同様に所轄労働基準監督署長に届け出る必要があります。なお、労働者10人未満の事業所でも、できるだけ就業規則を作成しておくことが望ましいとされています。
2 常時10人以上とは
労働者が常時10人以上であるか否かは、企業単位ではなく、事業場単位で判断されます。
一時的に10人未満になっても、常態として10人以上使用するのであれば、就業規則の作成義務が発生します。また、この10人には、常態として勤務する限り、正規従業員だけでなく、契約社員やパートタイム労働者なども含まれます。
就業規則の内容
1 絶対的必要記載事項
就業規則には、必ず記載しなければならない事項が3つあります。これを絶対的必要記載事項といいます。3つの絶対的必要記載事項は次のとおりです。
1.始業及び終業の時刻、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を2組以上に分けて交替に就業させる場合の就業時転換に関する事項
2.賃金(賞与など臨時の賃金を除きます)の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項
3.退職に関する事項(解雇の事由を含みます)
絶対的必要記載事項の一部の事項を記載しない場合であっても、他の要件を具備する限り、当該就業規則の効力は認められます。
もっとも、このような就業規則を作成し届け出ても、使用者の労基法89条違反(就業規則の作成及び届出義務違反)の責めを免れません。
2 相対的必要記載事項
適用事項として定めた場合に限り、就業規則に記載しなければならない事項が8つあります。これを相対的必要記載事項といいます。8つの相対的必要記載事項は次のとおりです。
1.退職手当の適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法並びに退職手当の支払の時期に関する事項
2.臨時の賃金など(退職手当を除きます)及び最低賃金額に関する事項
3.労働者に負担させる食費、作業用品その他に関する事項
4.安全及び衛生に関する事項
5.職業訓練に関する事項
6.災害補償及び業務外の傷病扶助に関する事項
7.表彰及び制裁の種類及び程度に関する事項
8.その他事業場の労働者のすべてに適用される事項
絶対的必要記載事項と同じように、相対的必要記載事項の一部の事項を記載しない場合であっても、他の要件を具備する限り、当該就業規則の効力は認められます。
もっとも、このような就業規則を作成し届け出ても、使用者の労基法89条違反(就業規則の作成及び届出義務違反)の責めを免れません。
3 任意的記載事項
就業規則に定めても定めなくても良い事項のことを任意的記載事項といいます。任意的記載事項であっても、一度就業規則に定めると、最低基準効が認められることになります。
就業規則の作成手続
1 意見聴取から行う
就業規則は、使用者が一方的に作成できるものですが、就業規則の作成又は変更について、使用者は労働者の意見聴取を行う必要があります。
使用者は、就業規則の作成又は変更について、適用される事業場の労働者の過半数で組織する労働組合がある場合にはその労働組合、当該等同組合がない場合には労働者の過半数を代表する者の意見を聴く必要があります。
「意見を聴く」とは、労働者の団体的意見を求めるという趣旨なので、同意や協議することまでは必要ありません。労働組合が故意に意見を表明しない場合など労働者の協力がない場合にも、労働者側の意見を聴いたことが客観的に証明することが出来る限り、就業規則は受理されます。
2 所轄労働基準監督署へ届け出る
使用者は、労働者の意見を聴取したことを記した意見書を添付して、所轄労働基準監督署に届け出る必要があります。
なお、労働者から意見を聴取した添付書類の書式は任意ですが、労働者を代表する者の氏名を記載したものである必要があります(押印までは不要です)。
就業規則による契約内容の変更
使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできません(労働契約法9条)。
つまり、原則として、労働者の合意なく使用者が自らの都合の良い労働条件へ変更することはできないということです。この「就業規則の変更」には、就業規則の中に現に存在する条項を改廃することのほか、条項を新設することも含まれます。
ただし、労働契約法10条では、就業規則の変更により、労働条件を(一方的に)不利益に変更する場合でも、変更後の就業規則が労働者に通知され、後述の各要素に照らして、当該労働条件の変更が合理的といえる場合には、就業規則変更後の労働条件となることを規定しています。
就業規則の不利益変更
1 不利益変更ができる場合
上述のとおり、就業規則の不利益変更は、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ次の考慮要素に照らして、労働条件の変更が合理的といえる場合には、当該不利益が認められると考えられています。
1. 労働者の受ける不利益の程度
2. 労働条件の変更の必要性
3. 変更後の就業規則の内容の相当性
4. 労働組合等との交渉の状況
もっとも、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、合意の内容が就業規則の定める基準に達しない場合を除き、合意していた労働条件となります。
2 労働者への周知
就業規則の変更による労働者への周知の具体的な方法は、以下の方法が挙げられますが、これらの方法に限りません。
労働者が知ろうと思えばいつでも就業規則の存在や内容にアクセスできればよいとされています。
労働者が実際に就業規則の存在や内容を知っているか否かは周知の要件ではありません。知り得る状態に置かれていれば「周知」されていたことになります。
1. 常時各作業場の見やすい場所へ掲示し、または備え付けること
2. 書面を労働者に交付すること
3. 磁気テープ、磁気ディスクそのこれらに準ずる物に記録し、かつ各作業場に労働者が当該記録の内容を常時確認できる機器を設置すること(例えば、従業員の使用しているPCから就業規則のファイルにアクセスできる状態にしておくことなどが該当します。)
なお、就業規則が「合理的」なものであるという評価根拠事実の立証責任は使用者側が負うことになります。
また、就業基礎の変更の手続きに関しては、労基法89条及び90条の定めるところによりますが、この手続きは、上記就業規則の変更による法的効果を生じさせるための要件とはなりません。
3 対象の労働条件とは
就業規則の変更による不利益となる「労働条件」とは、労働契約上の権利義務として労働契約の内容となり得る事項であることが必要とされ、賃金や労働時間だけでなく、災害補償や人事事項、服務規律、教育訓練、付随義務、福利厚生等が含まれ、ストック・オプションの付与や職務発明に対する対価なども広く含まれると考えられています。
また、上記不利益変更の対象となる「労働条件」に該当するかは、労働契約上の義務との関連性や労働者の権利への制約の程度、労働契約上の効果発生が問題となるのが労働契約終了後か否かなどを考慮して判断することになると考えられていますが、どこまでが労働条件といえるのかは明確ではないため、実務上は、事案に応じた個別具体的な判断が必要になるといえます。
4 「不利益」変更とは
就業規則の変更による労働条件の「不利益」変更と言えるかは、実務上、変更前後の就業規則を形式的・外形的に比較することによって判断することになります。そして、この形式的・外形的比較の結果、不利益変更にあたると判断できる場合には、当該変更が合理的といえるかが次に判断されることになります。
5 合理性の判断要素
就業規則の変更による労働条件の不利益変更が有効なものとなるためには、その変更が合理的といえることが必要となります。
この合理性の判断は、①労働者の受ける不利益の程度、②労働条件の変更の必要性、③変更後の就業規則の内容の相当性、④労働組合等との交渉の状況などの要素を考慮して判断することになります。
厚労省の解釈通達(H24.8.10基発0810第2)によると各考慮要素の内容は次の通りとなります。
⑴ ①労働者の受ける不利益の程度
労働者の受ける不利益の程度とは、「個々の」労働者が受ける不利益の程度のことをいいます。
⑵ ②労働条件の変更の必要性
労働条件の変更の必要性とは、「使用者」にとって就業規則による労働条件の変更の必要性のことをいいます。
⑶ ③変更後の就業規則の内容の相当性
変更後の就業規則の内容の相当性とは、就業規則の内容「全体」の相当性のことをいい、変更後の就業規則の内容面に係る制度変更一般の状況が広く含まれます。たとえば、代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、同種事項に関する我が国社会における一般的状況まで広く含まれます。
⑷ ④労働組合等との交渉の状況
労働組合等との交渉の状況とは、上記労働組合等事業場の労働者の意思を代表するものとの交渉の経緯、結果などを言います。
「労働組合等」には、労働者の過半数で組織する労働組合その他多数労働組合や事業場の過半数を代表する労働者のほか、少数労働組合、労働者で構成されその意思を代表する親睦団体など労働者の意思を代表するものまで広く含まれます。
6 不利益変更の運用のポイントと注意点
まず、不利益変更の対象が賃金や退職金など重要な労働条件である場合には、労働者の被る不利益の程度が重く見られ、合理性の判断も厳格になされる傾向にあります。
判例上も「特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受任させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理性な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。」と判示しています(大曲市農業協同組合事件・最判昭和63.2.16民集42.2.60)。
次に、一部の労働者に負担を負わせる場合には、多数労働者の(変更に係る)合意があったとしても、当該合意は不利益変更を合理的と判断する重要な要素とはなりません。
一部の労働者に負担を負わせる就業規則による不利益変更を行う場合には、上述した③変更後の就業規則の内容の相当性の観点からは、激変緩和措置、代償措置などの設置が必要であり、また④労働組合等との交渉の状況の観点からは、当該不利益を受ける一部の労働者への十分な説明、協議、面談の機会を経て同意を取り付けておくことが必要といえるでしょう。
判例上も「…賃金体系の変更は、短期的に見れば、特定の層の行員のみ賃金コスト抑制の負担を負わせるものと言わざるを得ず、その負担の程度も前示のように大幅な不利益を生じさせるものあり、それらの者は中間層の労働条件の改善などといった利益を受けないまま退職の時期を迎えることとなるのである。就業規則の変更によってこのような制度の改正を行う場合には、一方的に不利益を受ける労働者について不利益を緩和するなどの経過措置を設けることによる適切な救済を併せ図るべきであり、それがないままに右労働者に大きな不利益のみを受任させることには、相当性がないものというほかはない。」と判示しています(みちのく事件・最判平成12.9.7民集54.7.2075)。
まとめ
1 就業規則の作成について
就業規則を作成は、常時労働者が10人以上である場合に、絶対的必要記載事項である賃金関連、労働時間関連、退職時効関連の3つを記載し、労働者の意見を聴取した意見書を添付して所轄労働基準監督署へ届け出る、という手続きを踏めば、適法に就業規則の効力が発生しますが、就業規則は、労使間の労働条件などを規律する重要なルールとなりますので、不備のないよう専門家の意見を聴きながら作成していくことが大切です。
2 就業規則による不利益変更について
就業規則による労働条件の不利益変更は、当該労働条件の変更が合理的といえるかについて本稿で挙げた要素を総合考慮して判断することになりますが、これらの事実認定、法的判断についても、労働関係法令や判例・裁判例に精通した専門家の意見を聴きながら変更手続きを進めていくことが大切です。
3 就業規則の作成・整備は専門家へ
上記の通り、就業規則の作成や同規則による不利益変更では、労働基準法や労働契約法、労働組合法などの労働関連法令、判例、厚労省のガイドライン等との整合性や適法性などの法的判断が必要となりますので、弁護士や社会保険労務士など人事・労務の専門家による助言・チェックを受けながら作成、整備を進めるのが非常に効果的です。
弁護士法人いかり法律事務所では、労働法に詳しい弁護士が就業規則の作成や見直しも行っており、必要に応じて社会保険労務士との連携も行っていますので、就業規則の作成、修正等について気にあることがありましたら、お気軽にご相談ください。