はじめに
現在、取引先の多様化やコンプライアンス意識の高まり、消費者意識の向上など、企業を巡る経営環境は刻々と変化してきており、従来では想定されなかった様々なリスクが発生しています。
これらリスクの発生を最小化するためには、取引先の信用調査・与信管理を行うなど最新の情報を収集し、契約書などにより、事前に取引条件や内容を確認しておくことが不可欠となります。
ですが、実際のところ、多くの中小企業では経営資源の制約などから法務体制が十分に整備されているとは言えない状況にあります。
企業体力のない中小企業に法的なトラブルが発生し、解決に時間がかかった場合には、経営の存続に大きな影響を及ぼす可能性があります。
中小企業が思わぬリスクや不利益に見舞われないようにするには、どうすればよいのか、とりわけ、中小企業の事業主や担当者から相談の多いものが、債権回収についてのご相談です。
本稿では、中小企業の事業主、担当者の方から解決が難しいと相談の多かった「取引先に信用リスクが発生した場合の対応」について紹介します。
債権回収の重要性
1 債権とは
債権とは、特定の人から特定の人に対して特定の行為を請求する権利のことをいいます。
企業間の取引において、債権とは、売主が買主に売買代金を請求する売掛債権や金銭の貸主が借主に対して貸金の返還を請求する貸金債権などの金銭債権が対象となります。
2 債権回収とは
債権回収とは、広い意味では、契約に従った方法で期日に債権の弁済を受けることをいいますが、およそ実務においては、債務者である取引先が契約通りに弁済を行わない場合に、債権者の方から積極的に権利を行使して債務者に債務を履行してもらうことをいいます。
3 信用リスクへの対応
信用リスクとは、債務者である取引先が倒産、経営破綻することにより債務の履行ができなくなるリスクをいいます。
信用リスク発生後、売掛金の回収ができないと、当該売掛金による利益が得られないだけでなく、その売掛金のために費やした仕入代金や人件費、その他各種費用なども回収できなくなります。
また、回収できたはずの売掛金が得られないことにより、債権者の企業体力によっては資金繰りに大きな影響を及ぼすことになります。
たとえば、対外的な信用の低下や自社の借入金の返済が困難になるなど連鎖的な悪影響が発生することも考えられます。
債権の回収が滞ることは、取引先の問題だけでなく、自社の存続にも影響を与える重要な問題であるといえます。信用リスクへの対応策を講じておくことは企業の存続にとって不可欠といえます。
債権回収のリスクマネジメント
1 信用リスクの発生
信用リスクの発生は、たとえば、取引先からの毎月の支払が遅れるようになった場合や支払の猶予、仕入内容の急な増減、取引先のメインバンクの変更などさまざまな場面を契機として発生します。
債権者にとってこのような信用リスク発生の予兆に常に注意を払っていなければなりません。
2 情報の収集
⑴ 最新の情報を収集する
債権回収に関するリスクマネジメントにおいては、取引先の正確な情報を収集することが不可欠となります。
正確な情報に基づいて対応策を講じるためには、当該取引先の最新情報を得ておかなければなりません。
また、信用リスクを発生させた取引先の債権者は自社だけではないのが通常です。他の債権者らに先駆けて最新情報を手に入れて対応策を講じておくことも確実な債権回収を図る上で重要です。
⑵ 情報収集の方法
信用リスクが発生した取引先の財務状況を知るためには、取引先の担当者に直接話を聞いて確認することも可能ですが、当事者が必ずしも事実を明らかにしてくれるとは限らないので、当該取引先の得意先や仕入先などに取引先の実態(取引先の営業状況や従業員の構成、仕入条件の変更など)について確認することも検討するべきです。
また、改めて取引先の登記簿謄本を取得することや最新の決算書など財務諸表を取得することによって取引先の企業情報・財務状況等を把握しておくことは信用リスク発生の事実確認のために必要といえます。
さらに、当該取引先から新たに担保を提供して貰えるか、仮差押えや仮処分など法的手続きによって責任財産を保全することができるかを確認するために取引先の資産に関する情報を確認しておかなければなりません。
たとえば、取引先事業所の土地建物の登記簿謄本を取得することによって、当該取引先が当該不動産の所有者であるのか、(根)抵当権などの担保権が設定されているのか等を確認することができます。
なお、当該取引先の関係先や取引銀行なども調査しておくと、より具体的に当該取引先の財務状況の実態を把握することができます。
上場会社であれば、これらの情報の一部は、EDINET(金融庁HP)等を利用して有価証券報告書から確認することができます。
⑶ 信用リスク発生と関係の深い情報
信用リスク発生と関係の深い情報は、そのまま取引先の倒産や経営破綻に発展する可能性が高い情報にあたるので特に注意を払う必要があります。
たとえば、取引先が大口の不良債権を抱えていることや、金融機関等から手形の割引が拒否されていること、手形の支払期日を延期する手形の書換の要請があったこと等が信用リスク発生と関係の深い情報といえます。
⑷ 他の債権者の動向にも注視
信用リスクが発生すると取引先の他の債権者も自社と同様に債権を保全、回収するための手を打ってきます。
たとえば、情報を収集した上で当該取引先との取引から手を引いたり、新たな担保の提供を受けていたりすること等です。
他の債権者に遅れないよう対策をとるためにもその動向を可能な限り把握し注視しておかなければなりません。
3 債権の内容を確認
信用リスクが発生した取引先に対する債権額や担保権の有無、現在の担保の評価額、支払期限など債権の基本情報を確認しておくことが必要です。
具体的には、当該取引先と取り交わした契約書の内容から債権の支払期限到来の有無や、期限の利益の喪失の有無について確認する必要があります。
期限の利益の喪失とは、債務者が支払期限まで債務を弁済する必要がないことをいいます。
信用リスクを抱えた取引先が他の債権者から資産について仮差押えを受けていたような場合には、仮差押えを受けた場合に期限の利益が喪失する旨の条項を契約書内に定めておけば、当該取引先の期限の利益を喪失させ、前倒しで全ての債務の履行を請求することができます。
4 既存債権の回収の方針を決定
信用リスクを発生させた取引先の最新情報を収集し、財務状況など事実確認を経た後は弁済や代物弁済を受けたり、相殺の準備等を行う必要があります。
弁済を受ける際には、先に説明したように契約書から支払期限や期限の利益の喪失の有無を確認しなければなりません。
また、代物弁済とは、当事者間の合意の下、本来の債務の履行方法を変更し、債務者の特定の資産によって弁済させることをいいますが、特定の資産の評価額が本来の債務と等価性があるかを確認しなければなりません。
特定資産の評価額が本来の債務よりも高額である場合、当該取引先について破産手続開始決定があると、破産手続き開始決定前に行われた詐害行為として特定資産の評価額と本来の債務との差額について「否認」される可能性があるからです。
なお、当該取引先がすでに支払不能状態に陥っている場合には、等価性のある代物弁済であっても「否認」される可能性があるので、代物弁済による債権回収を行う場合にはより注意を払わなければなりません。「否認」については後述します。
弁済や代物弁済と異なり、自社からの一方的な意思表示により実質的に他の債権者に先んじて債権回収を行える相殺の利用も検討するべきです。
取引先が自社に対して債権を有している場合には、相殺に必要な要件を満たしている限り対等額で相殺を行うことができます。
なお、相殺の要件として、同種の相対立する債権の存在や弁済期が到来していること(相殺適状にあること)、相殺禁止の意思表示がないこと、相殺が禁止された債権でないことが要件として掲げられているのでこれらの要件を満たしているかを確認する必要があります。
さらに、取引先に対する債権に担保権が設定されていない場合には、当該取引先に新たに担保を提供してもらうことも検討する必要があります。
平時には担保の提供に応じて貰えなくとも、信用リスク発生時には、取引の継続を条件に担保の提供について交渉がしやすくなることが多いからです。
なお、担保権には抵当権などの物的担保と保証人、連帯保証人などの人的担保がありますが、人的担保は保証人の資力に依拠せざるを得ないため債権回収の確実性が物的担保に比べ低くならざるを得ません。
まずは物的担保の提供を交渉するべきです。
5 今後の取引方針の決定
取引先に信用リスクが発生した場合には、当該取引先との取引の継続について方針を決定する必要があります。
直ちに取引を停止又は縮小することで当該取引先の経営破綻が早まるリスクもあるため、取引停止や縮小を決定することが困難になることも想定しておかなければなりません。
他方で、信用リスクを抱えた取引先と漫然と取引を継続し、新たに債権額を増やすことは避けなければなりません。
対策例としては、たとえば、当該取引先に対する債権総額が提供された担保の評価額に収まるよう、債権額(信用残高)を減らす方向で取引の縮小を検討することが考えられます。
事案に応じた個別具体的な対応については、弁護士など専門家に相談の上、決定するのが良いでしょう。
債権回収の限界
1 債権者平等の原則
債権者平等の原則とは、すべての債権者は債権額に応じて平等に取り扱われなければならないルールのことをいいます。
信用リスクを抱えた取引先が支払期限を経過しても債務を履行しないため担保物件を競売にかけたとしても、必ずしも売却代金から債権全額について配当を受けられる訳ではありません。一定の要件を備えた他の債権者も競売手続の配当に参加することがあるからです。
総債権者の債権の総額が競売代金を上回っている場合には、債権者平等の原則により各債権者の債権額に比例して配当されることになってしまいます。
債権者平等の原則は、債権回収の場面においては、特定の債権者による抜け駆け的な債権回収を防ぐ機能があるといえます。
2 否認権の行使
破産手続における否認とは、破産手続開始決定前に債務者が行った財産の処分行為などの効力が否定されることをいいます。
破産手続開始決定前又は破産手続開始申立前の段階では、債務者は総資産やキャッシュフローをもってしても債務の履行が困難な状況に陥っています。
このような状況下で、特定の債権者に弁済をすること(偏頗弁済)は、総債権者の引当て財産となる債務者の総財産(責任財産)を減らすことになります。
破産管財人による否認権の行使は、このような不公平な状態を回復し、総債権者に対して公平な配当を実現するために認められるものです。
このように、否認権の行使は、破産手続開始決定後の場面における債権者平等の原則を実現するための手段として機能しているといえます。
まとめ
1 債権回収はステージに応じた対応が必要
債権の保全・回収には大きく分けて①平常時、②信用リスク発生時、③倒産時、④倒産手続開始時のステージがあり、ステージごとに債権者が執るべき対応は異なってきます。
本稿では②信用リスク発生時の執るべき対応についてその概要を紹介しましたが、現在置かれている状況によって具体的な対応はそれぞれ異なってきます。
漫然と取引を継続するのではなく、各ステージに応じた対応について検討することが必要です。
2 債権回収のご相談はいかり法律事務所へ
取引先の置かれている状況はどのステージなのか、取り急ぎ何を優先的に着手するべきなのか、渦中にある当事者のニーズは様々だと思います。
債権の保全・回収は弁護士の専門分野の1つですので、債権の保全・回収について少しでも気になることがあれば、債権の保全・回収に詳しい弁護士に相談することをおススメします。
弁護士法人いかり法律事務所には債権の保全・回収に詳しい弁護士が在籍していますので、まずは無料法律相談をご利用の上、お気軽にご相談下さい。