はじめに

1 時効制度の改正

 2020年4月1日施行の改正民法により、施行日以降に発生した債権(発生原因である法律行為の時点が施行日以降の債権)については改正後の民法が適用されることになります。
 今回の民法改正に伴い時効制度も改正され、施行日以降に時効が中断又は停止された債権については改正後の民法が適用されることになります。
 
 なお、この民法改正に伴い、商法522条の商事時効の規定及び改正前民法170条から174条までの職業別の短期消滅時効の制度は廃止されました。

2 時効制度の概要

 時効制度とは、本来の権利関係と異なる事実状態が一定期間継続した場合に、その継続した事実状態を権利関係と認め、権利を取得させる(取得時効)あるいは消滅させる(消滅時効)制度のことをいいます。 

 債権の保全・回収と直接関わってくる時効制度は消滅時効になると考えられます。

3 時効管理の重要性

 債権は権利が行使されないまま特定の期間が経過すると、時効期間が完成し、時効の援用により債権が消滅してしまうことになります。
 債権の保全・回収の場面において、債権者は自社の債権の時効が完成しないように時効の起算点や時効期間、時効完成日を管理しておかなければなりません。 
 時効完成日が近付いている場合には、時効完成の猶予又は更新の手続きを検討する必要があります。

 本稿では、債権の保全・回収と関連する債権の消滅時効の管理について紹介します。

債権の消滅時効

1 時効の起算点

 時効の起算点とは、時効の進行が開始する時点のことをいいます。
 改正民法の施行により、時効の起算点について「主観的起算点」と「客観的起算点」が導入されることになりました(民法166条1項1号・2号)。 

 主観的起算点は、「債権者が権利を行使することができることを知った時」となります。具体的には、債権の発生原因、債務者、弁済期を知った時が主観的起算点となります。

 客観的起算点は、「権利行使に法律上の障害がなくなった時」となります。具体的には、弁済期の到来が客観的起算点となります。

2 一般の債権(不法行為に基づく債権を除く)

 不法行為に基づく損害賠償請求権など不法行為債権を除く一般債権(売買契約の売掛金債権や消費貸借契約の貸金債権など)の消滅時効期間は、主観的起算点から5年客観的起算点から10年とされています。

 契約に基づく債権は、通常、その契約時に主観的起算点があるといえるため、契約時から5年で消滅時効が完成することになります。

 他方、契約に基づく債権とは異なり、不当利得返還請求権や安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権などの債権については、損失又は損害発生などを知った時が主観的起算点となり、その時から5年以内に権利行使することが必要となります。

 たとえば、不当利得や安全配慮義務違反のあった客観的起算点から2年経過後に損失又は損害発生を知った時は、客観的起算点から10年以内であっても、その時(主観的起算点)から5年以内に権利行使をすることが必要となります。

 また、客観的起算点から5年以上が経過した後に、主観的起算点が発生した場合には、その時から5年間の権利行使が認められるのではなく、客観的起算点から10年間で消滅時効が完成することに注意が必要です。

3 不法行為に基づく損害賠償請求権

 企業における債権の保全・回収に直接関連することは多くありませんが、不法行為に基づく損害賠償請求権の時効制度についてもここで簡単に紹介します。

 不法行為に基づく損害賠償請求権の時効期間については、人の生命・身体の侵害に対する損害賠償請求権それ以外の損害賠償請求権とで時効期間が異なります。

⑴ 人の生命・身体の侵害に対する損害賠償請求権

 人の生命・身体の侵害に対する損害賠償請求権の消滅時効は、主観的起算点(損害及び加害者を知った時点)から5年客観的起算点(権利を行使することができる時点)から20年とされています(民法724条の2、167条)。

 なお、改正前の民法では20年の除斥期間が定められていました。除斥期間は、期間内に権利を行使しないと権利が消滅する点で時効と類似した制度ですが、除斥期間は中断(更新)せず、また援用も必要としないという点で時効と大きく異なります。
 除斥期間から時効へ改正されたことにより、時効の更新が可能となり、被害者(債権者)の損害賠償請求権がより厚く保護されることとなりました。 

⑵ 上記⑴以外の損害賠償請求権

 上記ア以外の損害賠償請求権の消滅時効は、主観的起算点(被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時点)から3年、客観的起算点(権利を行使することができる時点)から20年とされています。 

時効の完成猶予と更新

1 時効の完成猶予

⑴ 時効の完成猶予とは

 時効の完成猶予とは、時効の進行がストップし猶予期間は時効が完成しなくなることをいいます。
 時効の完成猶予事由が発生すると、時効完成事由が発生しなければ本来時効が完成した時点より猶予期間とされるまでの間、時効が完成しなくなります。
 なお、民法改正前では「時効の完成猶予」を「時効の停止」と呼んでいました。

⑵ 時効の完成猶予事由

 次の時効完成猶予事由がある場合には、時効は更新されず、時効完成猶予に係る手続が終了した時に、6カ月間時効の完成が猶予されます。
 いったん時効の完成が猶予され、その後確定判決などによって時効が更新されることになります。
① 裁判上の請求(民法147条1項1号)
② 支払督促の申立て(民法147条1項2号)
③ 和解の申立て又は調停の申立て(民法147条1項3号)
④ 破産手続参加、再生手続参加又は更生手続参加(民法147条1項4号)
⑤ 強制執行、担保権の実行としての競売その他の民事執行の申立て(民法148条1項)
⑥ 仮差押命令その他の保全命令の申立て(民法149条)

⑶ 催告

 催告とは、請求書や内容証明郵便などを債務者に送付することにより債務の履行を請求し、催告を行った時から6カ月の間時効の完成を猶予するための手続きのことをいいます。
 催告により時効の完成を猶予し、さらに猶予された時効完成前に再度催告を行ったとしても時効完成猶予の効力は認められません(民法150条2項)。
 
 つまり、催告を延々と繰り返すことで時効完成期間を延長し続けることは出来ないということです。

 なお、民法150条2項には、「催告によって時効の完成が猶予されている間にされた再度の催告は、前項の規定による時効の完成猶予の効力を有しない」と規定されていることから、催告を行ったとしても時効完成猶予期間発生前(つまり当初の時効完成前)に再度催告をすることは認められるものと考えられます。

⑷ 協議による時効の完成猶予

 協議による時効の完成猶予とは、当事者間で「権利についての協議」を行う旨の書面又は電磁的記録による合意があった場合には、次に掲げる①~③の期間のいずれか早いときまでの間は時効は完成しないとされる制度です(民法151条)。
① 上記合意があった時から1年
② ①の合意において協議を行う期間(1年未満に限る)を定めたときはその期間経過時
③ 当事者の一方が相手方に対して協議の続行を拒絶する旨の書面による通知をした時から6カ月

 協議による時効完成猶予の制度は、従来行われてきた時効完成を阻止するためだけに提訴することが経済的ではないとの趣旨から改正民法により新設された制度です。
 もっとも、時効の完成が間近に迫っている状況での利用が想定されるにも関わらず、書面による協議の合意が必要とされており、書面の取り交わし自体が難しいことを考えると、本制度を利用するには少しハードルが高いとの印象が拭えません。

2 時効の更新

⑴ 時効の更新とは

 時効の更新とは、時効の進行がリセットされ新たにゼロから時効が進行し始めることをいいます。
 民法改正前では「時効の更新」を「時効の中断」と呼んでいました。

⑵ 時効の更新事由

時効の更新事由として以下の事由が挙げられます(民法147条2項、152条)。① 裁判や支払督促が確定した時
② 和解・調停が成立した時
③ 権利の確定し、破産手続が終了した時
④ 強制執行などの手続が終了した時
⑤ 承認

仮差押・仮処分が時効の更新事由でなくなった点が改正前民法と異なります。

⑶ 承認

 承認とは、時効利益を受けるべき者が権利者に対して権利の存在を知っていることを表示する行為のことをいいます。
 承認の形式は明示又は黙示を問わず、債務の一部弁済や弁済猶予の申入れ、担保の供与、利息の支払、代金減額交渉などがあれば債務の承認があったことになります。 

 なお、債務の承認による時効の更新を行う場合には、債務者の行為が必要となりますが、確定日付のある債務承認書や残高確認書を債務者から取得するのがよいとされています。

時効管理の注意点

1 時効管理の基本姿勢

 債権保全・債権回収の場面において、時効の起算点時効期間時効完成日を正確に把握しておくことが時効管理の基本となります。
 
 また、時効の起算点は支払期限の翌日から進行することや、民法改正後は先に述べた主観的起算点、客観的起算点が新設されたことを理解しておくことが必要です。
 とりわけ主観的起算点の導入により、改正前よりも一般的な債権の消滅時効が5年と短くなったことに注意しなければなりません。 

 民法改正により改正前と改正後では時効期間が大きく変わった権利もありますので、支払期限の徒過した延滞債権の管理表などを作成・管理し、一部弁済があれば支払期限の古い債権から充当するなどしておくことが時効管理の基本姿勢として重要だと考えられます。

2 時効が完成していた場合

 時効期間が経過し、消滅時効が完成していても、完成により直ちに債権が消滅するわけではありません。

 消滅時効が完成していることが分かっても、債権者は債権回収のために債務者に対して債務の履行を請求するべきです。
 時効は援用がされない限り、債権は確定的に消滅しませんし、債務者が消滅時効を援用せず時効の利益を放棄する可能性もあるからです。

 また、時効の完成を知らずに債務の承認を行った場合には消滅時効の援用を行うことは信義則上認められないので、時効期間が経過していても債務の履行を請求するべきです。

 ただし、債権者が消滅時効完成後に、欺瞞的方法を用いて債務者に一部の弁済をさせた場合には債務者の時効援用権は失われないと判断した裁判例があるので(東京地判平成7・7・26金判1011号38頁)、履行の請求を行う際にはその方法・態様に注意が必要です。

まとめ

1 延滞債権の時効管理に注意する

 債権の保全・回収の場面において、自社の債権、とりわけ支払期限を経過した延滞債権の時効期間を管理しておくことが大切であることはいうまでもありませんが、時効期間の完成が迫った債権を保全するために、催告や履行の請求など債権保全のために予め時効の完成を防ぐ方法を準備しておくことも大切です。
 
 2020年4月施行の改正民法により職業別の短期消滅時効制度が廃止されたり、新たな時効の起算点及び時効期間の導入など時効制度は大きな変更がありましたので、この機会に自社の債権について時効の起算点や時効期間、時効完成日等を確認しておくとよいでしょう。

 とりわけ、不当利得返還請求権や安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権など客観的起算点と主観的起算点が異なることが想定される債権がある場合には、主観的起算点が到来した後、5年以内に訴訟提起などにより時効の更新などの措置をとる必要があるので注意しなければなりません。

2 債権の保全・回収のご相談はいかり法律事務所へ

 時効の起算点の判断など債権の時効管理を含め、債権の保全・回収に関わる法律相談は、弁護士が得意とする相談分野の1つです。
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