1.はじめに
⑴ 近年の労災事故の発生状況
厚労省が令和4年3月18日に公表した「令和3年における労働災害発生状況について(令和4年3月速報値)」によると、令和3年1月から12月までの労働災害による死亡者数(以下「死亡者数」)は831人(前年比55人・7.1%増加、平成29年同期比 94 人・10.2%減少)と平成29年から令和2年まで減少傾向にありましたが(令和2年は過去最少の802人)、令和3年では増加することになりました。
令和3年1月から12月までの休業4日以上の死傷者数(以下「死傷者数」という)は146,856 人(前年比19,691人・15.5%増加、平成 29 年同期比28,777 人・24.4%増加)と平成14年以降で過去最多となりました。
労働災害を減少させるために国や事業者、労働者等が重点的に取り組む事項を定めた中期計画である「第13次労働災害防止計画」(以下「13次防」)(平成30年度~令和4年度)では、平成29年比で死亡者数を15%以上、死傷者数を5%以上減少させることを目標にしています。
結局、死亡者数及び死傷者数ともに、13次防の目標は未達成の状況となっています。
⑵ 複数労働事業者への労災保険給付
複数労働事業者とは、被災した時点で、事業主が同一でない複数の事業場と労働契約関係にある労働者の方をいいます。要は、ダブルワーカーの方たちのことをいいます。
多様な働き方を選択する方やパート労働者等で複数就業している方が増えているなど、副業・兼業を取り巻く状況の変化を踏まえ、複数事業労働者の方が安心して働くことができるような環境を整備する観点から、労災保険法が改正され、複数労働事業者(ダブルワーカー)にも労災保険が適用されるようになりました。
⑶ 労災事故における弁護士の役割
労災事故における弁護士の役割は、被災者や遺族に迅速で正当な補償や救済が行われるよう、関係法令や裁判例、関連通達など踏まえて労災請求について法的助言やサポートなどを行うことにあります。
通常、被災者や遺族の手元に証拠資料があることは少なく、被災者や遺族が自ら広範にわたる事実調査や証拠収集を行うことは難しい状況にあります。そのため、弁護士は、被災者や遺族が正当な救済や労災認定が得られるよう、直接、間接にサポートしていかなければなりません。
2.労災保険制度の概要
⑴ 労災保険は強制加入保険
労災保険制度は、労働者災害補償保険法(労災保険法)に基づき、業務災害や通勤災害による労働者の負傷、疾病、障害、死亡等(以下「傷病等」といいます)に対して保険給付を行う制度です。
労働者を1人でも使用する事業主は、一定の例外(暫定任意適用事業)を除き、法人、個人事業主の区別なく労災保険に加入することが義務付けられています。そのため、適用事業に使用され、労働の対償として賃金が支払われる者(労働者)であれば、常用・臨時雇・日雇・アルバイト・パートタイマー等の名称や雇用形態に関係なく、労働者としてその事業に使用されている間は、すべて労災保険の保護を受けることとなります。
なお、事業主と同居している親族や法人の役員については、一定の条件を満たす場合に限り、労災保険が適用されます。
⑵ 過失があっても保険給付がある
労災保険は、業務に起因する傷病等を対象としているため、被災者の過失によって労災事故が発生した場合にも保険給付の対象となります。ただし、被災者が故意又は重過失によって労災事故を発生させた場合や正当な理由なく療養に関する指示に従わず傷病等の程度を増進させ、又は回復を妨げた場合には、保険給付の支給が制限されます。
⑶ 業務災害と通勤災害
ア 業務災害
業務災害とは、業務が原因となって発生した傷病等のことをいいます。業務災害が認められるためには、業務遂行性があることを前提に業務起因性が認められることが必要となります。業務遂行性とは、労働者が使用者の指揮命令下にあることをいいます。業務起因性とは、傷病等の発生原因が業務によるものであることをいいます。
イ 通勤災害
通勤災害とは、労働者が通勤により被った傷病等を言います。「通勤によ」るとは、労働者が、就業に関して、住居と就業場所との往路・就業場所から他の就業場所への移動などを、合理的な経路及び方法により行うことをいいます。
労働者の移動が業務の性質を有している場合には、通勤災害ではなく業務災害となります。また、移動の経路を逸脱し、又は移動を中断した場合には、逸脱又は中断の間及びその後の移動は「通勤」とはなりません。
ただし、逸脱又は中断が日常生活上必要な行為であって、厚生労働省令で定めるやむを得ない事由により行うための最小限度のものである場合は、逸脱又は中断の間を除き「通勤」となります。
このように、通勤災害とされるためには、その前提として、労働者の就業に関する移動が要件となります。
⑷ 第三者行為災害
ア 第三者行為災害とは
第三者行為災害とは、労災保険給付の原因である傷病等の原因が第三者の行為等によって生じたものであって、労災保険の受給権者である被災労働者又は遺族に対して、第三者が損害賠償の義務を有しているものをいいます。
このように、仕事で道路を通行中に建設現場からの落下物に当たる、また通勤途中に交通事故に遭うなどの災害にあった場合に、第三者行為災害が問題となります。
イ 手続
第三者行為災害に関する労災保険給付に係る請求に当たっては、療養(補償)給付請求書や休業(補償)給付請求書など労災保険給付の請求書とともに「第三者行為災害届」等の関係書類を提出することが必要となります。
第三者行為災害であることが業務又は通勤による災害であるか否かの判断を左右するものではありませんが、正当な理由なく「第三者行為災害届」を提出しない場合には、労災保険の給付が一時差し止められることがありますので、注意が必要です
なお、自動車事故の場合、労災保険給付と自賠責保険等(自動車損害賠償責任保険又は自動車損害賠償責任共済)による保険金支払との間で、同一事由によるものについては、損害に対する二重のてん補とならないよう支給調整が行われることとなります。
労災保険給付と自賠責保険等のどちらを先に受けるかについては、被災労働者又は遺族が自由に選ぶことができますが、自賠責保険等には仮渡金制度や内払金制度があるなどのメリットがあることから、労災保険給付に先行して自賠責保険等を受けることをおすすめします。
⑸ 特別加入制度
ア 特別加入制度とは
労災保険は、「労働者」を補償・救済の対象とする保険であるため、「労働者」とはされない個人事業主や家事従事者などは労災保険によって補償・救済されないのが原則です。
特別加入制度とは、このような労働者以外の個人事業主や家事従事者などを対象に一定の要件のもと任意に加入することを認め、労災保険が適用される制度のことをいいます。
労災保険に任意に加入することにより、仕事中や通勤中に被った傷病等について補償が受けられることになります。
イ 特別加入手続き
特別加入制度手続きは、加入しようとしている方の業務内容により異なります。
(ア)中小事業主等
中小事業主等が特別加入するためには、①雇用する労働者について保険関係が成立していること、②労働保険の事務を労働保険事務組合に委託していることの2つの要件を満たし、所轄(事業所を管轄している)都道府県労働局長の承認を受けることが必要となります。
(イ)一人親方その他自営業者
一人親方とは、労働者を使用しないで土木、建築業など一定の事業を行うことを常態とする者やその他自営業者、これに従事する者をいいます。一人親方等の特別加入手続きは、特別加入団体が行うことになります。この場合、新たに特別加入団体をつくって特別加入申請を行うか、又は既存の特別加入団体に加入して所轄都道府県労働局長の承認を受けることになります。
(ウ)特定作業従事者
特定作業従事者とは、①特定農作業従事者や②指定農業機械作業従事者、③国または地方公共団体が実施する訓練従事者、④家内労働者及びその従事者などのことをいいます。
① 特定農作業従事者とは、年間の農産物の総販売額が300万円以上又は経営耕地面積が2ヘクタール以上の規模を有し、土地の耕作・開墾、植物の採取・栽培、家畜等の飼育などを行う農作業者で、動力により駆動する機械を使用する作業や高さ2メートル以上の箇所で植物の採取などを行う者をいいます。
② 指定農業機械作業従事者とは、農業者であって耕うん機やトラクター、コンバイン、チェーンソー、農薬散布用ドローンなど特定の機械を使用して土地の耕作、開墾又は植物の栽培・採取などを行う者をいいます。
③ 国または地方公共団体が実施する訓練従事者とは、求職者のための職場適応実施訓練に従事する者をいいます。
④ 家内労働者及びその補助者とは、金属加工作業や製造業などで特に危険な作業に従事する者をいいます。
特定作業従事者が特別加入する場合の手続きは、一人親方その他自営業者の場合と同様、新たに特別加入団体をつくって当別加入申請を行うか、又は既存の特別加入団体に加入して所轄都道府県労働局長の承認を受けることになります。
(エ)海外派遣者
海外派遣者とは、日本国内の事業主から、海外で行われる事業に労働者として派遣される者や日本国内の事業主から、海外にある中小規模の事業に事業主等(労働者ではない立場)として派遣される者などをいいます。海外派遣者の特別加入の手続きは、海外派遣元事業場の事業主または海外派遣団体が所轄労働基準監督署長を経由して所轄都道府県労働局長へ特別加入申請書(初めて申請する場合)又は特別加入に関する変更届(派遣元が既存の特別加入団体の場合)を提出し承認を受けることになります。
ウ 「特別加入」の対象が拡大
(ア)自転車を使用して貨物運送事業の事故の増加
最近では、コロナ禍の影響もあり自転車を使ったフードデリバリーの配達員をよく見かけるようになりました。また、それに伴い配達員らの業務中の事故などによる法律相談が急増しています。これまで労災保険の適用がなかったため、業務中に傷病等が生じても労災保険により補償されず、怪我をしても国民健康保険などを利用して通院しなければならないなど負担は大きなものとなっていました。
このような状況を受けて、令和3年9月1日から「特別加入」制度の対象が拡大され、自転車を使用して貨物運送事業を行う方たちにも特別加入することができるようになりました。
(イ)特別加入手続きの流れ
まずは、自転車を使用して貨物運送事業を行う本人から、加入したい団体へ申し込み手続きを行う必要があります。次に、本人からの申請手続きを受けて、特別加入団体が所轄の労働基準監督署に「特別加入申請書」または「特別加入に関する変更届」を提出します。最後に、都道府県労働局⾧が受理し、承認することにより労災保険へ特別加入することができます。