はじめに

 企業と従業員にとっては、非常に身近なテーマである「労働時間」。
 しかし、同時にトラブルが発生する危険性が高いのも「労働時間」に関する問題、すなわち、「残業代」です。
 
 多くの企業では、適切に労働時間の管理がされていると思いますが、意外と知られていない残業代に関する基本的知識や、2023年4月1日の労働基準法改正に伴う変更点などについて、ご紹介致します。

残業代に関する基本

労働時間と休日

 まず、残業代について考える前提として、労働時間と休日について、整理すると以下のとおりとなります。

A 労働時間

法定労働時間=労働時間は1日8時間1週40時間(労基法32条1項2項)
※所定労働時間=労働契約上、就業することとされている時間
※実労働時間=労働者が実際に労働した時間
 なお、特例措置対象事業(商業、映画 ・演劇業、保健衛生業、接客娯楽業で労働者の数が常時10人未満の事業)の法定労働時間は1週44時間とされています。

B 休日

法定休日=休日は原則として1週間に少なくとも1日(労基法35条)
※所定休日=労働契約上、休日とされている日
※法定外休日=法定休日以外の休日
 なお、変形休日制を採用している場合には、4週間に4日以上の休日を与えることが可能となります。この場合、就業規則等に変形期間の起算日を定めておくことが必要となります。

休日の振替=あらかじめ定めてある休日を事前の手続きにより他の労働日と振替ることをいい、休日労働とはならないものをいいます。
 休日の振替を行うためには、就業規則等への定めや前日までに本人に通知する等の要件を満たす必要があります。

代休=休日労働をさせた場合に、その代償として通常の労働日に休日を与えることをいいます。
 休日(代休)を与えても休日労働をした事実は変わらないため、当該休日労働については割増賃金が発生することになります。

残業代の種類

 労働時間と休日の概念を前提として、残業代はいくつかの種類に分類され、整理すると以下のとおりとなります。

A 時間外労働に対する割増賃金

①所定労働時間外労働に対する割増賃金
②法定労働時間外労働に対する割増賃金

B 休日労働に対する割増賃金

①所定休日労働に対する割増賃金
②法定休日労働に対する割増賃金

C 深夜労働に対する割増賃金

深夜労働(22:00~5:00)に対する割増賃金

割増賃金に関する労基法の規制

 企業は、労働者に時間外労働をさせた場合、それぞれの割増率を乗じた割増賃金を支払わなければなりません(労基法37条)。
 なお、時間外労働と深夜労働が重なった場合、休日労働が深夜労働となった場合など、割増賃金は重複することがあります。

 たとえば、時間外労働が深夜10時以降まで及んだ場合、深夜10時以降は、50%(25%+25%)以上の割増賃金を払う必要があります。
 
 もっとも、休日労働については、そもそも時間外労働の概念がないため、深夜労働に及ばない限り、法定休日の労働時間については35%以上の割増賃金を支払えば良いことになります。

改正労働基準法

中小企業も割増賃金が50%に

 特に長い時間外労働を強力に抑制することを目的に、1か月について60時間を超えて時間外労働をさせた場合には、その超えた時間の労働について、法定割増賃金率を50%とすることとされています。
 
 もっとも、従前は、中小企業については、これは適用されず割増率は25%とされていました(労基法138条)。
 
 しかし、労基法の改正により、2023年4月1日から、中小企業においても、1か月について60時間を超えて時間外労働をさせた場合には、その超えた時間の労働について、法定割増賃金率が50%になります

 たとえば、深夜の時間帯(22:00~5:00)に1カ月60時間を超える法定時間外労働を行わせた場合は、深夜割増賃金25%以上+時間外割増賃金50%以上=75%以上となります。

代替休暇の設置

 代替休暇とは、引き上げ分の割増賃金の代わりに付与する有給休暇のこといいます(よく似ていますが「代休」とは異なります)。
 代替休暇の制度は、従来より付与が可能でしたが、今回の改正に伴い、活用の機会が増加することが見込まれます。
 
 なお、代替休暇の設置には、過半数労働組合又は労働者の過半数代表者との間で労使協定を結んでおくことが必要になります。

固定残業代

 ここまでの内容を読んで、「うちは固定残業代払っているから大丈夫。」と思われた方は、要注意です。
 固定残業代は、メリットもありますが、使い方を間違えると大変な事態になりかねません。いくつか注意点をご紹介します。

固定残業代は「労働力のサブスク」ではない

 固定残業代は、あらかじめ定めた固定残業時間を超過した場合には、超過した分については、先ほどお話したとおりの計算に従って、追加で残業代を支払う必要があります。

 言い換えると、固定残業代を支払っていれば、いくら働かせてもよいという「労働力のサブスク(※)」ではないということです。
 そのため、固定残業代を払っている場合でも、労働時間の管理を適切に行わなければならないということです。

サブスク・・・サブスクリプションの略、本稿では「定額制」という意味で使用しています。

通常の賃金と割増賃金にあたる部分を判別すべき

 通常の労働時間の賃金にあたる部分と時間外の割増賃金にあたる部分を区別せず、判別できない定め方になっている場合には、固定残業代として認められない可能性があります。

 さらに、固定残業代として認められない場合には、固定残業手当は基本給に含まれるものとして、基礎賃金が増額してしまうことになります。
 つまり、判別できない定め方をしている場合には、残業代の先払いとしても認められないばかりか、基礎賃金が高くなり、残業代の金額が激増することになります。
 
 このような事態にならないためには、以下の例のように、通常の労働時間の賃金にあたる部分と時間外の割増賃金にあたる部分とを判別できる規定にしましょう。

例)
A.基本給(35万円)(Bの手当を除く額)
B.固定残業手当(時間外労働の有無にかかわらず、30時間分の時間外手当として7万5000円を支給)
C.30時間を超える時間外労働分についての割増賃金は追加で支給

管理監督者

 基本的には、全ての従業員に労基法の労働時間や休日の適用を受け、残業代が発生する可能性がありますが、残業代が発生しない従業員もいます。

 その代表的な例が、「管理監督者」です(労基法41条2号)。
 「管理監督者」とは、事業主に代わって労務管理を行う地位にあり、労働者の労働時間を決定し、労働時間に従った労働者の作業を監督する者のことをいいます。
 
 「管理監督者」にあたるか否かは、①事業主の経営に関する決定に参画しているか、②自己の労働時間について裁量を有しているか、③一般の従業員に比べてその権限にふさわしい賃金が支払われているかなどによって判断されます。

労働時間の適正把握の仕組みづくり

労働時間を把握することの重要性

 労働時間を把握することは、上述の割増賃金を適切に支払うためにも重要なことではあります。
 
 しかし、これにとどまらず、適切な勤怠管理を行うことによって長時間労働や過重労働を防ぎ、従業員の適正な健康管理と安全な就業環境の提供を実現することにつながり、企業価値を高めることにも資するものです。
 
 こういった理由から、労働安全衛生法により、従業員の労働時間の把握が義務付けられることになりました。

労働時間とは

 そもそも労働時間とは、使用者の指揮命令下に置かれている時間のことをいいます。
 そして、使用者の明示又は黙示の指示により労働者が業務に従事する時間は労働時間に当たるとされています。
 そのため、以下のような時間は、労働時間として扱わなければなりません(厚生労働省HP参照「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」)。

使用者の指示により、就業を命じられた業務に必要な準備行為(着用を義務付けられた所定の服装への着替え等)や業務終了後の業務に関連した後始末(清掃等)を事業場内において行った時間 

使用者の指示があった場合には即時に業務に従事することを求められており、労働から離れることが保障されていない状態で待機等している時間(いわゆる「手待時間」)

参加することが業務上義務づけられている研修・教育訓練の受講や、使用者の指示により業務に必要な学習等を行っていた時間

労働時間を把握する方法

 労働時間の把握は、原則として、自己申告制ではなく、次の方法によって行わなければなりません(厚生労働省HP参照「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」)。

使用者が、自ら現認することにより確認し、適正に記録すること
タイムカード、ICカード、パソコンの使用時間の記録等の客観的な記録を基礎として確認し、適正に記録すること  

 やむを得ずこれらの客観的方法により勤怠管理ができず、自己申告制にせざるを得ない場合には、従業員に十分説明をし、自己申告によって把握した労働時間と現実の労働時間が合致しているかを確認するなどしなければなりません。

運用方法

正確に打刻してもらう

 せっかく適切な勤怠管理の仕組みを作っても、それが適切に運用されなければ意味がありません。
 適切な運用のためには、まずは、従業員の方々に勤怠管理に関する十分な説明を行うことが重要です
 出勤時間よりも早く出社して打刻しない、あるいは、先に打刻して残業をするなどの事態が生じないよう正確な打刻を周知徹底する必要があります。
 
 また、意図的でなくとも、打刻忘れ等も発生するおそれがあるため、タイムレコーダー等を出入口付近に設置するなどの工夫も必要です。

休憩しない従業員

 始業終業以外にも、休憩も労働時間の管理にとっては欠かせないものです。休憩については、労基法34条で以下のとおり定められています。

労働時間休憩
6時間を超え、8時間以下の場合少なくとも45分
8時間を超える場合少なくとも1時間

 多くの企業では、きちんと休憩について定めていて、休憩時間を設けていると思います。
 
 もっとも、従業員の中には、休憩時間に休憩をとらず、業務を行っている方がいらっしゃいます。会社としては、このような従業員にも、適切に休憩をとってもらう必要があります。このような場合には、以下のような対応が考えられます。

従業員の休憩のための休憩室を設ける
執務室の鍵を閉めて入れないようにする
電気を消す
パソコンをシャットダウンさせる
 
 これらの他にも、管理者自身が休憩をとる、また、従業員の能力を過度に超える業務を与えないなどの工夫も考えられます。

賃金台帳の作成、書類の保存

 企業は、タイムカード等によって把握した内容、つまり、労働日数、労働時間数、休日労働時間数、時間外労働時間数、深夜労働時間数などを、労働者ごとに賃金台帳に記入しなければなりません(労基法108条、同法施行規則54条)。

 また、企業は、労働者名簿、賃金台帳のみならず、出勤簿やタイムカード等の労働時間の記録に関する書類についても3年間保存しなければなりません(労基法109条)。

トラブル発生時

トラブル発生から解決までの流れ

証拠

労働条件に関する証拠

就業規則(賃金規程)、雇用契約書、労働条件通知書等

労働時間に関する証拠

賃金台帳、タイムカード、出勤簿、パソコンのログ、セキュリティキーの履歴等

消滅時効

 労基法の改正により、2020年4月1日から残業代の消滅時効の期間が「2年」から「3年」に変わりました
 
 注意点は、3年の時効期間が適用されるのは、2020年4月1日以降に支払われる賃金からということです。
 
 たとえば、2023年1月19日に、2020年1月19日から2023年1月19日までに発生した残業代の請求を行ったとしても、2020年1月19日から2020年3月31日までに発生した残業代請求権は、2年の消滅時効により時効が完成していることになります。

 そのため、会社としては、時効を援用すれば、2020年4月1日から2023年1月19日までに発生した残業代のみを支払えばよいということになります。

まとめ

 残業代請求に関する基本的な事項やトラブルが発生した際の対応方法などについてご紹介させて頂きました。
 繰り返しになりますが、一番重要なことは、従業員の実労働時間を適切に把握する仕組みを作り、それを適切に運用して、無用なトラブルを未然に防ぐことです
 
 残業代請求に関するご相談、その他企業法務、顧問契約に関するご相談については、弁護士法人いかり法律事務所までお気軽にご相談ください。