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 この判例は、労働協約による労働条件の不利益変更が認められるかは、不利益な労働協約が締結されるに至った経緯や当時の使用者の経営状況当該労働協約の内容の合理性に照らして判断されるべきと判示しました。

事案の概要

(1)保険業を営むYは昭和40年に国鉄職員のために保険事業を営んでいた鉄道保険部(鉄保)と合体したが、鉄保は従業員の定年を63歳としており、Yとの合体にあたってもこれが維持されていた(Yの定年年齢は55歳)。

(2)鉄保の労働組合とYの労働組合とは合体後統一されてZ組合となったが、定年については63歳定年制と55歳定年制とを併存させる旨の労働協約が締結されていた。

(3)Y社は昭和58年以降経営状況が悪化し、経営改善のため定年年齢について労組と交渉を重ね、定年を57歳に統一し、併せて退職金の基準支給率を「勤続30年、71か月」から「勤続30年、51か月」と改訂する労働協約を締結した。

(4)Xは鉄保以来の組合員であり、上記協約締結には一貫して反対していた。
 しかし、Yは新協約をXにも適用し、Xが57歳に達した昭和61年8月11日をもって退職扱いするとともに社宅の明渡しを求めた。

(5)Xは労働契約上の地位の保全を求めて仮処分を申請し、ついで旧協約に基づく退職金受給権の確認をも併せて訴えを提起した。 

第一審請求棄却(Xの請求は認められなかった)
控訴審控訴棄却(やっぱりXの請求は認められなかった)

判旨・判決の要約 上告棄却

(1)本件労働協約は、Xの定年及び退職金算定方法を不利益に変更するものであり…Xが受ける不利益は決して小さいものではないが、同協約が締結されるに至った以上の経緯、当時のYの経営状態、同協約に定められた基準の全体としての合理性に照らせば、同協約が特定の又は一部の組合員を殊更不利益に取り扱うこと目的として締結されたなど労働組合の目的を逸脱して締結されたものとはいえず、その規範的効力を否定すべき理由はない

(2)本件労働協約に定める基準がXの労働条件を不利益に変更するものであることの一事をもってその規範的効力を否定することはできないし…Xの個別の同意又は組合に対する授権がない限り、その規範的効力を認めることができないものと解することはできない。

解説・ポイント

 本事案は、労働協約締結の限界について、協約締結の経緯使用者の経営状況協約基準の全体としての合理性に照らし、特定又は一部の組合員を殊更不利益に取り扱うことを目的として締結されたなど労働組合の目的を逸脱して締結されたものといえるか否かによって判断するものと判示しています。

 分かりにくい表現ですが、判旨の「…基準の全体としての合理性」とは、当該協約規定が民主的手続から通常導き出される合理的な結果とは必ずしも言えなくとも、厳格なプロセスや審査をパスしうるのであれば、当該協約の規範的効力を失わせるものとまでは言えないという意味と考えられます。

 団体交渉は様々な事項を包括しながら中長期的な動向をも視野に入れて行われる労使間の取引としての性格を有しています。
 このような取引のなかで、一部の事項について一時的にも不利益な変更が認められないとすると労働組合の交渉力は大きく縮減され、労働者の全体的・長期的利益に反することになりかねません。
 そのため、ある時点である事項について労働条件を不利益に変更することも含め、労働組合には広く協約締結権限が認められていることからも本事案で示した規範、判例の立場は妥当なものといえるでしょう。