【読むポイントここだけ】
 この判決は、基礎疾患の高血圧症は治療の必要のない程度で、健康に悪影響を及ぼす嗜好はなく、他に基礎疾患が憎悪したとみる要因を見出せないため、原告のくも膜下出血の発症前の約半年間の業務による過重な精神的、身体的な負荷によって、基礎疾患をその自然の経過を超えて憎悪させ、くも膜下出血の発症に至らせたと判断しました。
 
【事案の概要】
(1)原告は、保険会社横浜支店の支店長付きの運転手として、支店長や幹部職員、顧客の送迎等の業務に従事していた。送迎の範囲は、神奈川県全域の支社や東京の支社、伊豆箱根にまで及んだ。また、車庫に帰った後や待機中には清掃や洗車、小さな故障の修理も行っていた。日々の運転予定は直前の指示が多く、待機時間中も即座に運転に臨めるように気を遣って待機していた。
(2)昭和56年7月から送迎のための走行距離が長くなるとともに、勤務時間も早朝から深夜に及ぶようになった。昭和58年1月からくも膜下出血を発症する昭和59年5月11日までの時間外労働時間は1か月平均約150時間、走行距離は1か月平均約3,500㎞であり、特に昭和58年12月以降の1日の時間外労働時間は7時間を上回り、そこには深夜労働時間も含まれていた。同月以降の各月の走行距離も長距離に及んでいた。
(3)くも膜下出血発症前日の昭和59年5月10日の睡眠時間はわずか3時間30分程度であり、翌11日の午前5時ころには仕事についたが、まもなく走行中に気分が悪くなり、くも膜下出血の発症に至った。原告は、くも膜下出血の基礎となり得る疾患を有していたが、治療の必要のない程度のものであり、他に健康に悪影響を及ぼすと認められる飲酒、喫煙等の嗜好はなかった。
(4)原告は、くも膜下出血の発症による休業について、横浜南労働基準監督署長に対して、労災保険法に基づく休業補償給付を請求したが、不支給決定を受けたため、右決定の取消しを求めて訴訟を提起した。

第一審は不支給決定を取り消したが、第二審は控訴を認容した。

【判旨 判決の要約】原判決破棄、被告の控訴棄却
 原告運転手の高血圧症などの基礎疾患がくも膜下出血の発症当時その自然の経過によって一過性の血圧上昇があれば直ちに破裂を来す程度にまで憎悪していたとみることは困難というべきであり、他に確たる憎悪原因を見出せない本件においては、原告運転手が右発症前に従事した業務による過重な精神的、身体的負荷が基礎疾患をその自然の経過を超えて憎悪させ、右発症に至ったものとみるのが相当であって、その間に相当因果関係の存在を肯定することができる。

【解説・ポイント】
 厚生労働省は、過労死の認定基準につき、本件横浜南労基署長事件を受け、従前の基準を改め、新たな(「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」平成13年12月12日基発1063号。以下「過労死認定基準」といいます。)を示しました。この過労死認定基準の改正では、脳、心臓疾患の発症に影響を及ぼす業務における過重性判断の要素である労働時間に関し、「発症前1か月当たり概ね45時間を超える時間外労働が認められない場合は、業務と発症との関連性が弱いが…発症前1か月間に概ね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たり概ね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務との関連性が強い」と具体的な基準が示された点が注目すべき点になるといえます。