相続放棄とは
相続放棄とは、自己に対する関係で不確定的にしか帰属していなかった相続の効果を確定的に消滅させる相続人の意思表示と説明されます。
わかり易く言うと、被相続人の資産(プラスの財産)と負債(マイナスの財産)をすべて相続しないこととする推定相続人の家庭裁判所に対する意思表示のことをいいます。
1 相続放棄は一人で申述できる
相続放棄を行える資格を有する者を「申述人」といいます。そして、相続放棄を行うことを「申述する」といいます。誰でも申述人になれるわけではなく、法定された推定相続人のみが相続放棄を申述することができます(民法887条~890条)。
推定相続人が複数いる場合(たとえば、被相続人である父親が亡くなり、妻と子がいる場合、遺された妻と子が推定相続人となります)、各推定相続人は、一人(単独)で相続放棄の申述をすることができます。
2 相続放棄の任意代理は認められない
⑴ 相続放棄は撤回できない
相続放棄の効果は、被相続人のマイナスの財産(借金などの負債)だけでなく、プラスの財産(預貯金・不動産・有価証券などの資産)も全て放棄することになる上、一度相続放棄をすると、その後原則として相続放棄の撤回を行うことはできないという強力な効果を有しています。
家庭裁判所により相続放棄の審判がされると、申述人は、初めから相続人とならなかったものとみなされます(民法939条)。
⑵ 特別代理人の選任が必要な場合がある
任意代理の場合と異なり、未成年者の子の親のように、法定代理人による相続放棄の申述は認められています。ただし、法定代理人による本人の相続放棄が利益相反行為に当たる場合には、特別代理人の選任が必要となる場合があります。
たとえば、被相続人(A)の推定相続人であるAの妻(B)と未成年者の子(C)がいた場合に、Bが相続放棄を行わずにCの相続放棄を法定代理するような場合は、利益相反行為に当たるとされます。Cの相続分を放棄することでBの相続分が増えることになるからです。
⑶ 相続放棄の相続開始後に行う
遺留分の放棄(民法1043条)と異なり、相続放棄の申述は相続開始後に行わなければなりません。
相続開始前に契約などにより相続放棄の申述をした場合や、相続開始があったと誤信して相続開始前に相続放棄の申述をしても、相続放棄の効力は生じません。
3 相続放棄の熟慮期間
⑴ 相続開始を知って3ヶ月以内に行う必要がある
相続放棄の申述は、自己のために相続の開始(被相続人の死亡と自分が相続人となったこと)を知ってから3ヶ月という熟慮期間内に行わなければなりません。この期間を経過したり、期間中に被相続人の財産を処分したりすると、単純承認(何ら手続きを要することなく、被相続人のすべての財産を相続すること)したものとみなされます。
⑵ 熟慮期間を延長できる場合がある
相続財産の調査のため、時間を要する場合など、利害関係人や検察官からの請求により、相続開始を知って3ヶ月以内という熟慮期間を延長できる場合があります(民法915条1項ただし書)。
⑶ 財産管理義務がある
相続人は、たとえ相続放棄をする場合であっても、相続財産を勝手に処分したり、散逸させたりしないよう相続財産を管理する義務があります。
財産管理義務の程度は、善管注意義務(管理者としての社会的地位から通常期待される程度の注意義務)まで必要とされず、自己の固有財産に対する注意と同程度の注意を払っていればよいとされています。
4 相続放棄の申述先
相続人が相続放棄を申し立てるためには、被相続人の最後の住所地の家庭裁判所に申し立てる必要があります。
福岡県内にある家庭裁判所(本庁・支部・出張所)は、裁判所のホームページ「福岡県内の管轄区域表」からご確認頂けます。
相続放棄に必要な書類及び費用
1 申述人が被相続人の配偶者の場合
必要書類
申述人が被相続人の配偶者である場合
①相続放棄申述書
②被相続人の住民票除票又は戸籍附票
③申述人の戸籍謄本
④被相続人の死亡の記載のある戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本
が必要書類となります。
その他、収入印紙や連絡用の郵便切手を家庭裁判所に納付する必要があります。
①相続放棄の申述書
相続放棄の申述書とは、家庭裁判所に相続放棄を申し立てるための申請書のこといいます。相続放棄の申述書には、相続放棄を申し立てる相続人(申述人)人及び被相続人の氏名や住所、生年月日、職業等を記入する必要があります。
申述書2ページ目の「申述の趣旨」には、「相続の放棄をする。」と記入します。ここでいう「申述の趣旨」とは、申立の内容という意味です。
同じく申述書2ページ目の「放棄の理由」には、「債務超過のため」など該当する項目に丸印をつけます。該当する項目がない場合には、「その他」の箇所に簡単に理由を記載します。
たとえば、被相続人とは疎遠であったため、被相続人の所有していた財産を把握していない場合には、「被相続人とは疎遠であり、相続財産の調査が難しく、債務超過のおそれがあるため。」などと記載すればよいでしょう。
裁判所のホームページには、相続放棄申述書の記載例が掲載されていますので、そちらを参考にして作成すると良いでしょう。
裁判所のホームページから相続放棄申述書の記入用紙や記入例をダウンロード(DL)して確認することが出来ます。
・相続放棄申述書(申述者が成人の場合)の用紙をDLする場合はこちらから。
・成人の場合の記入例をDLする場合はこちらから。
成人及び未成年のいずれの場合も、相続放棄申述書に貼付する収入印紙は800円(申述人1人につき)となります。収入印紙は、銀行や郵便局、コンビニ等で購入することが出来ます。福岡家庭裁判所の場合、裁判所の地下1階にコンビニがあるので、こちらのコンビニで収入印紙を購入される方が多くいらっしゃいます。
②被相続人の住民票除票又は戸籍附票
被相続人の住民票除票や戸籍附票は、被相続人の最後の住所地を確認するために必要となる書類です。住民票除票又は戸籍附票のいずれか一方の提出が必要となります。被相続人の住民票除票にマイナンバー(個人番号)の記入は必要ありません。これらは、3か月以内に交付されたものが必要となります。
住民票除票や戸籍附票は、福岡市の場合、市役所や市内34郵便局、コンビニ等で入手することが出来ます。
住民票や戸籍附票、戸籍謄本など相続放棄の申述に必要な証明書類の発行手数料は、福岡市のホームページ「主な証明書別手数料・請求先一覧」からご確認頂けます。
③申述人の戸籍謄本
申述人の戸籍謄本は、被相続人との関係を確認するために必要となる書類です。戸籍謄本は、福岡市の場合、市役所や市内34郵便局等で入手することが出来ます。住民票除票や戸籍附票と異なり、コンビニでは交付されません。
手数料については、上記「主な証明書別手数料・請求先一覧」からご確認頂けます。
なお、戸籍謄本も3か月以内に交付されたものが必要となります。
④被相続人の死亡の記載のある戸籍(除籍)謄本
被相続人の死亡の記載のある戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本は、被相続人が亡くなっていることを確認するために必要となる書類です。
配偶者が相続放棄を申述する場合には、配偶者の戸籍謄本に、被相続人の死亡が記載されているので、実質的には、申述人の戸籍謄本で代用されることになります。
なお、これらの謄本も3か月以内に交付されたものが必要となります。
2 申述人が被相続人の子又は孫など直系卑属の場合
必要書類
申述人が被相続人の子や孫など直系卑属である場合、
①相続放棄申述書
②被相続人の住民票除票又は戸籍附票
③申述人の戸籍謄本
④被相続人の死亡の記載のある戸籍(除籍)謄本
が必要書類となります。
なお、代襲相続する場合は、死亡した子の戸籍(除籍)謄本が必要となります。その他、収入印紙や連絡用の郵便切手を家庭裁判所に納付する必要があります。
①相続放棄の申述書
相続放棄の申述書に必要事項を記入し、800円分の収入印紙(申述人1人につき)を貼付して家庭裁判所に提出する必要があります。
申述人が未成年の場合は、相続放棄の申述書の用紙が異なり、記入内容も異なるので注意が必要です。
たとえば、申述人が成人である場合と異なり、親権者や後見人など法定代理人(通常、申述人の親)の氏名、住所等の記入が必要となります。
裁判所のホームページから相続放棄申述書の記入用紙や記入例をダウンロード(DL)して確認することが出来ます。
・申述者が未成年の場合の記入例をDLする場合はこちらから。
・未成年の場合の記入例をDLする場合はこちらから。
②被相続人の住民票除票又は戸籍附票
住民票除票又は戸籍附票のいずれか一方の提出が必要となります。被相続人の住民票除票にマイナンバー(個人番号)の記入は必要ありません。
これらは、3か月以内に交付されたものが必要となります。
③申述人の戸籍謄本
被相続人との関係を確認するために必要となります。
戸籍謄本は3か月以内に交付されたものが必要となります。
④被相続人の死亡の記載のある戸籍(除籍)謄本
申述人が未婚で被相続人と同じ戸籍に入っている場合は、申述人の戸籍謄本に、被相続人の死亡が記載されているので、実質的には、申述人の戸籍謄本で代用されることになります。
上記謄本は、3か月以内に交付されたものが必要となります。
⑤申述人が代襲相続人の場合、被代襲者の死亡の記載のある戸籍(除籍)謄本
代襲相続とは、相続開始前に相続人となるべき者が亡くなっていた場合などに、その相続人となるべき者の相続人が相続することをいいます。
代襲相続人とは、このように被相続人を代襲相続した者のことをいいます。
たとえば、父親を既に亡くしていた子(被相続人から見れば孫にあたる子)が、被相続人である祖父の相続人となる場合などが挙げられます。
被代襲者の死亡の記載のある戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本は、申述人が代襲相続人である場合に、本来相続人となるべき者が亡くなっていることを確認するために必要となる書類です。
申述人が未婚で親(被代襲者の配偶者)の戸籍に入っている場合は、申述人の戸籍に被代襲者の死亡が記載されているので、実質的には、申述人の戸籍謄本で代用されることになります。
上記謄本は、3か月以内に交付されたものが必要となります。
3 連絡用の切手を納付する
相続放棄の申述をするためには、予め申述(申立)先の家庭裁判所に郵便切手を納付する必要があります(これを「予納郵券」といいます)。
なお、相続放棄の申述人が海外に在住している場合、予納郵券の追納が必要となります。申述(申立)先が福岡家庭裁判所の場合は、福岡家庭裁判所(管内支部を含む)主な申立書・申請書書式一覧表からご確認頂けます。
相続放棄を申述すると
1 相続放棄の審理が始まる
家庭裁判所に相続放棄の申述書が提出されると、①申述が法定の方式でなされているか、②申述人は被相続人の相続人又はその法定代理人であるか、③申述は真意に基づくものであるか、④申述は熟慮期間内になされているか、⑤法定単純承認事由が存在しないかなどが審理されます。
⑤の法定単純承認とは、相続人が相続財産の全部又は一部を処分することによって、(その振る舞いから)相続を承認したものとみなされ、相続放棄はすることができなくなることをいいます。
相続放棄の申述を行うと、家庭裁判所より、申述の事情をより詳しく確認するために、照会書が届く場合がありますので、照会書を受領したら、これに回答して家庭裁判所に提出する必要があります。
照会書は、必ず送付されるものではなく、家庭裁判所により取り扱いは異なります。福岡家庭裁判所の場合であれば、熟慮期間を伸長する場合に、照会書が送付されるようです。
2 相続放棄申述の受理が通知される
家庭裁判所での審理を経て、相続放棄の申述が相当と認められると、相続放棄の申述を受理する審判がなされます。
その後、裁判所書記官より、申述人に相続放棄受理通知書が送付されます。
相続放棄の申述が不相当と認められると、申述を却下する審判がなされますが、これに対しては、即時抗告を行うことができます。
なお、実務では、却下すべきことが明らかな事情がない限り、相続放棄の申述は受理されています。
相続放棄の手続は弁護士に依頼するべきか
1 自分で相続放棄の手続を行うメリットとデメリット
⑴ 自分で相続放棄を行うメリット
自分で相続放棄の申述を行うメリットは、費用がとても安く済むという点が挙げられます。
とはいえ、弁護士や司法書士など法律の専門家に相続放棄の手続を依頼した場合に、相場として5万円から8万円程度の費用がかかることを考えると、20倍以上も安価で手続を済ますことができ、とてもお得です。
⑵ 自分で相続放棄を行うデメリット
一方で、自分で相続放棄の手続を行った場合のデメリットとしては、書類の不備や相続財産の調査などに時間がかかり、3ヶ月という熟慮期間を経過してしまって相続放棄ができなくなる、その結果、被相続人の多額の借金を背負うリスクがあるという点が挙げられます。
また、申述人が代襲相続人や第3順位者である場合などには、必要書類として、多くの戸籍(除籍)謄本などを集めなければならなず、かえって時間と費用もかかるというデメリットがあります。
そのうえ、相続財産の調査が不十分なまま相続放棄をした結果、多額の資産を相続し損ねるというおそれもデメリットとして挙げられるでしょう。
⑶ 自分で相続放棄を行ってもよいのは
自分自身で相続放棄の手続を行うのであれば、
① 多少手間でも、とにかく費用を安く済ませたい
② 被相続人に資産はなく、負債の方が明らかに多い
③ 熟慮期間内(3カ月)で手続を済ませることができる
という場合には、自分で相続放棄を行うことを検討してもよいでしょう。
2 弁護士に相続放棄を依頼するメリットとデメリット
⑴ 弁護士に相続放棄を依頼するメリット
弁護士に相続放棄を依頼するメリットの1つは、戸籍(除籍)謄本など多数の必要書類の収集や相続財産の調査を迅速に行い、確実に相続放棄の申述手続きを行うことができる点が挙げられます。
相続放棄の申述行為は、厳格な要式行為であるため、書類の不備など方式に誤りがあると家庭裁判所に受理して貰えず、熟慮期間を徒過してしまうことが懸念されます。
その点、弁護士や司法書士など法律の専門家に依頼すれば、迅速かつ確実に相続放棄ができるので、安心して手続が完了するのを待つことが出来ます。
また、そもそも自分が相続人であるかについても、明らかにした上、相続順位に応じた手続を確実に履践することができる点もメリットの1つとして挙げられるでしょう。
その他にも、相続財産の調査に時間がかかり、熟慮期間が経過しそうな場合にも、弁護士に依頼しておくことで、熟慮期間を伸長するよう家庭裁判所への申立て手続きを行ってくれる点もメリットとして挙げることができます。
このように、迅速かつ確実に相続放棄手続を行えることが、弁護士や司法書士など法律の専門家に依頼する最大のメリットだといえます。
⑵ 弁護士に相続放棄を依頼するデメリット
弁護士や司法書士など法律の専門家に相続放棄の手続を依頼するデメリットは、自分で相続放棄の手続を行うことに比べると、費用がそれなりにかかるという点が挙げられます。
先に挙げたもっとも安価で済ませる場合と比較すると、費用の差は歴然です。弁護士や司法書士など法律の専門家に依頼すると、何倍もの費用がかかるので、申述人が第1順位の相続人である場合のように、必要書類も少なく、手続も容易な場合には、コスパがよいとはいえません。
弁護士や司法書士など法律の専門家に依頼する場合には、予め費用を確認しておくことが大切です。
⑶ 弁護士に相続放棄を依頼するとよい場合
弁護士に相続放棄の手続を依頼するのであれば、
① 多少費用がかかっても、確実に安心して相続放棄したい
② 被相続人に資産と負債のいずれが多いのか分からない
③ 熟慮期間の期限が間近に迫っている(熟慮期間の伸長の申立ても視野に入れなければならない)
などという場合には、弁護士に相続放棄の手続を依頼した方がよいでしょう。
まとめ
1 弁護士の無料法律相談を活用する。
相続放棄は自分自身で行うこともできますが、相続人・相続財産の把握に漏れがあったり、手続に不備があったりして、適切にできない場合も少なくありません。
他方で、弁護士や司法書士など法律の専門家に依頼すると、自分で相続放棄の手続をするよりも多額の費用がかかることになります。
相続放棄の手続を自分で行う場合にも、弁護士に依頼する場合にも、それぞれ一長一短があります。
お勧めしたいのは、ひとまず弁護士や法律事務所が実施している無料法律相談などを利用して、相続放棄の手続や費用などについて相談し、自分自身で手続を行った場合のリスクについて確認してみることです。
弁護士など専門家に相談してみることによって、相続放棄以外の手段が見つかるかもしれませんし、事案に応じて、相続放棄を行うメリットやデメリットについてアドバイスを受けることもできるでしょう。
その上で、自分自身で手続を行っても、失敗しないと確信を持てれば、自分で相続放棄の手続を行っても良いでしょう。
2 相続問題はいかり法律事務所にご相談下さい。
本稿でも述べていますように、相続放棄の申述が受理されるためには、相続人が相続の開始を知ってから3か月という短期間(熟慮期間)のうちに申立てをしなければなりません。
被相続人の法要後は、保険や年金など各種手続きの届出、請求が必要となり、時間と手間がかかることになります。これら一連の手続を済ませるうちに3カ月という熟慮期間はすぐに経過してしまいます。
安心して相続放棄の手続を済ませたい方や、相続放棄をご検討の方、相続放棄について何か気になることがあるのであれば、まずは弁護士へのご相談をご検討されてはいかがでしょうか。
当事務所は、相続放棄や遺産分割をはじめ相続問題に関する多数の相談・解決実績がありますので、安心してご相談頂けます。
相続問題について何かお困りごとがありましたら、お気軽にご連絡のうえ、ご相談ください。