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この判決は、懲戒当時に使用者が認識していなかった非違行為は、特段の事情のない限り、当該懲戒解雇の私法上の有効性を根拠付けないと判断しました。
事案の概要
(1) Xは、Y社との契約に基づきマッサージ業務に従事していた。XはY社代表取締役Aに2日間の休暇を請求したところ、AはXに対して、懲戒解雇の意思表示をした(以下「本件解雇」という。)。
(2) Xは、本件解雇の有効性を争い、Yに地位保全の仮処分を申し立てたところ、Yは仮処分の答弁書で本件解雇が無効な場合は、Xが採用時に提出した履歴書の虚偽記載事実を理由に予備的に懲戒解雇の意思表示をした。
(3) Xは本件解雇の無効確認と未払賃金の支払を求めて訴訟を提起したが、YはXの業務命令違反に加え、仮処分で初めて主張した予備的解雇理由である年齢詐称を本訴で本件解雇理由として追加主張した。
第一審は、本件解雇は無効としたが、予備的解雇は有効とし、賃金請求を一部認容した。控訴審は、Yの控訴を棄却した。
判旨・判決の要約 上告棄却
(1) 使用者が労働者に対して行う懲戒は、労働者の企業秩序違反行為を理由として、一種の制裁罰を課するものであるから、具体的な懲戒の適否は、その理由とされた非違行為との関係において判断されるべきものである。
したがって、懲戒当時に使用者が認識していなかった非違行為は、特段の事情のない限り、当該解雇の理由とされたものでないことは明らかであるから、その存在をもって当該懲戒の有効性を根拠づけることはできない。
(2) 本件懲戒解雇当時、Yにおいて、Xの年齢詐称の事実を認識していなかったというのであるから、右年齢詐称をもって本件懲戒解雇の有効性を根拠づけることはできない。
解説・ポイント
本件では、懲戒解雇後新たに判明した非違行為を、使用者が懲戒事由として主張できるか否かが問題となりました。
この判例は、懲戒当時に使用者が認識していなかった非違行為は、当該懲戒処分の理由とされたものではないから、特段の事情のない限り、事後的に懲戒処分の理由として追加主張することはできないとしています。
他方で、懲戒当時に使用者が認識していた非違行為については、告知された非違行為と実質的に同一性を有するもの、又は同種・同類型若しくは密接に関連するものと認められる場合には当該懲戒処分の有効性を根拠づけることができるとされ、解雇時に認識していたが多岐にわたるために通告しなかった事実を理由とする懲戒解雇を有効とした裁判例もあります(富士見交通事件:東京高判平成13年9月12日労判816号11頁)。
懲戒処分は、一種刑事罰と同様の性格を有しているため、罪刑法定主義と同様の諸原則が妥当します。たとえば、刑罰不遡及の原則や一事不再理の原則などの原則も懲戒処分について妥当します。これらの適正手続きを欠いた懲戒処分は無効となりますので注意が必要です。