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この判例は、①配転命令に業務上の必要性が存在しない場合、②配転命令が不当な動機・目的をもってなされた場合、③労働者の通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせる場合など、特段の事情が存在する場合でない限り、配転命令は権利濫用になるものではない、と判断しました。
事案の概要
(1) Y社は、塗料等の製造販売会社であり、その就業規則には、業務の都合上、社員に異動を命ずることがある旨の規定があり、実態として営業担当者等の出向や転勤等も頻繁に行われていた。
Xは、Y社との労働契約締結時に特段の勤務地限定の合意もなく、入社以来、営業関係に携わり、出向・転勤を経験していた。
(2) Y社は、神戸営業所勤務のXに対して、広島営業所への転勤を内示したが、Xは家庭事情を理由に転居を伴う転勤に応じられないとして拒否した。
(3) Y社は、Xを説得しようとしたが応じなかったため、名古屋営業所への転勤を内示したが、Xはこれも家庭事情を理由に再び拒否した。
そこで、Y社は、Xの同意を得ることなく、転勤命令を発令したところ、Xはこれに応じなかったため、懲戒事由に該当するとして、Xを懲戒解雇した。
(4) Xは、本件懲戒解雇が無効であるとして、従業員たる地位確認及び未払賃金等の支払を求めて提訴した。
第一審及び控訴審は、Xの請求を一部認容した。
判旨・判決の要約 破棄差戻し
(1) 配転命令権の拒否
Y社の労働協約及び就業規則には、Y社は業務上の都合により従業員に転勤を命ずることができる旨の定めがあり、XとY社との間で労働契約が成立した際にも勤務地を大阪に限定する旨の合意はなされなかったという事情の下においては、Y社は個別的同意なしにXの勤務場所を決定し、これに転勤を命じて労務の提供を求める権限を有するものというべきである。
(2) 配転命令権の濫用の有無
当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対して通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該転勤命令は、権利の濫用になるものではない。
Xの家庭状況に照らすと、名古屋営業所への転勤がXに与える家庭生活上の不利益は、転勤に伴い通常甘受すべき程度のものというべきである。
解説・ポイント
この事案では、使用者と労働者との間に労働契約締結時に職種・勤務地限定合意がなかったことから、使用者に配転命令権の裁量を認めたうえで、配転命令権の行使に権利の濫用はなかったと結論付けています。
医師や看護師、ボイラーマンなどのように特殊な技術や技能、資格を有する職種の職種変更や現地採用で転勤を要しない契約をしている場合のように、労働契約により職種または勤務場所が限定されている場合は、配転命令を一方的に行うことはできず、従業員の同意が必要となります。この場合、同意なく配転命令を行うことはそもそもできず、権利濫用の適用は問題となりません。
もっとも、日本の長期雇用システムにおいては人材育成・キャリア形成のための配転は一般的です。そのため、職種限定の特約についてはどこまで制約を受けるか、権利濫用の判断と同じくケースバイケースと考えます。
近年では、ダブルワーカーなど多様な働き方が多く見られるようになり、労働保険や社会保険の分野においても法改正がすすめられています。職種・部門限定社員や契約社員のように、定年までの長期雇用を予定せずに職種や所属部門を限定して雇用される労働者も増えており、これらの労働者については職種限定の合意が認められやすいことになるでしょう。
これらの労働者を配転させるために、労働契約や就業規則上の合理的な配転条項を用意しておく必要があるのはもちろんですが、このような契約上の根拠がある場合にも、後々の紛争とならないように、予め本人の同意・納得を得られるよう十分な説明が必要だといえるでしょう。