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 この裁判例は、解約などにより労働協約自体は失効するところ、就業規則など適切な補充規範がない場合には従前の協約規範内容が労働契約関係を規律すると判断しました。

事案の概要

(1)Yタクシー会社(以下「Y社」という)の乗務員で同社の従業員で組織する訴外A労組の組合員であるXらが、オール歩合制の月例賃金及び一時金に不払いがあるとして、残金及び遅延損害金の支払いを求めて提訴した

(2)Xらの月例賃金等は、平成5年3月15日にA労組とY社との間で締結された労働協約(本件協約)の支給基準によって計算・支給されてきた。

(3)Y社は、平成7年5月の団交で同年の一時金支給率の改定案を提示したがA労組がこれを拒否したため一時金を支払わなかった
 Y社は、平成7年11月16日、主位的に平成5年運賃改定により本件協約が失効したことの確認を求め、予備的に本件協約を解約する旨の通告書をA労組に交付し、組合員に対して同年末以降の一時金は本件協約基準よりも低い支給基準で支払った

(4)平成9年4月から所定の月間労働時間は190時間から171時間に短縮された。これに伴い、運賃改定がなされ、Y社は本件協約の支給基準による支給歩合率を月間労働時間に対応させて算出し支給した。

(5)Xらは、平成9年9月17日、札幌地裁に同年4月から8月分までの月例賃金及び同7年末から同9年夏季までの一時金につき本件協約の支給基準により算出した額と既払い分との差額の仮払いを申し立て、認容された。
 しかし、Y社は、それ以降の月例賃金等について本件協約の支給基準により算出された額の一部しか支払わず、また、平成10年夏季一時金は支給日より遅れて本件協約の支給基準による額の一部しか支払われなかった。
 そこで、XらはY社に対して、上記(1)のとおり提訴した。

判旨・判決の要約 請求認容(確定)

(1)延長された本件協約は、平成7年11月16日のY社からの解約告知により、告知後90日後に失効した。

(2)協約自体は失効したとしても、その後も存続するXY間の労働協約の内容を規律する補充規範が必要であることに変わりはなく、就業規則等の右補充規範たり得る合理的基準がない限り、従前妥当してきた本件協約の月例賃金等の支給基準が右労働協約を補充して労働契約関係を規律すると解される。

(3)本件では、他に補充規範たり得る合理的基準は見出し難く、本件協約の支給基準により月例賃金等を支払うべきである。

解説・ポイント

 本判決と同様に、実務上も、労働協約は、労働契約を外から規律するに過ぎないと考える外部規律説に依拠して判断がなされています。
 この外部規律説に立つと、労働契約を規律する効力は協約の失効に伴い消滅することとなりますが、この外部規律説の考え方は、特定の労働協約による拘束が長期間にわたると労使が社会的状況の変化に適切に対応することができなくなる事態を避けるという労組法15条の趣旨に適うとされています。
 
 この見解から生じる疑問点として、(本件でも問題となった)労働契約を外部から規律する労働協約が失効した場合、協約失効後、当該労働契約の内容はどのように規律されるのかという点があります。
  
 この点、本判決は、労働協約の終了(失効)後の労働契約の内容は、就業規則や労働契約の解釈等によって補充されるところ、このような補充規定がない場合には、従前の(失効した)労働協約の内容が、協約失効後の当該労働契約の内容を規律すると判断しました。