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 この判例は、従業員に解雇事由があるとしても、使用者は常に解雇し得るものではなく、当該具体的な事情のもとにおいて、解雇に処することが著しく不合理であり、社会通念上相当なものとして是認することができないときには、当該解雇の意思表示は、解雇権の濫用として無効になると判断しました。

事案の概要

(1) 放送事業を営むY社のアナウンサーであったXは、昭和42年2月22日から翌23日にかけてファックス担当者の訴外Aとともに宿直勤務に従事していたが、23日午前6時20分頃まで仮眠していたため、同日に担当する午前6時から始まる10分間のラジオニュースを放送することができなかった(第1事故)。

(2) Xは、昭和44年3月7日から翌8日にかけても、ファックス担当者の訴外Bと宿直勤務に従事していたが、また寝過ごしてしまったため、8日に担当する午前6時から始まるラジオニュースを数分間放送することができなかった(第2事故)。この第2事故についてXは、上司に報告せず、後日これを知った別の上司から事故報告書を求められたが、事実と異なる事故報告書を提出していた。

(3) こうしたXの行為についてY社は、Xを普通解雇した。Y社の就業規則15条には、普通解雇事由として、①「精神または身体の障害により業務に耐えられないとき」(1号)、②「天変事変その他やむを得ない事由のため事業の継続が不可能なとき」(2号)、③「その他、前各号に準ずる程度のやむを得ない事由があるとき」(3号)が定められていた。

(4) XはY社に対し、従業員としての地位の確認を求めて訴えを提起した。

第一審及び控訴審は、Xの地位確認を認容した。

判旨・判旨の要約 上告棄却

(1) Xの行為は、就業規則15条3号の普通解雇事由に該当する。しかしながら、普通解雇事由がある場合においても、使用者は常に解雇し得るものではなく、当該具体的な事情のもとにおいて、解雇に処することが著しく不合理であり、社会通念上相当なものとして是認することができないときには、当該解雇の意思表示は、解雇権の濫用として無効になる。

(2) 本件事故は、Xの悪意ないし過失によるものではなく、通常ファックス担当者が先に起床してアナウンサーを起こすところ、本件第1及び第2事故ともファックス担当者が寝過ごしてXを起こしておらず、事故発生につきXのみ責めるのは酷である。
 また、Xは、第1事故については直ちに謝罪し、第2事故については起床後一刻も早くスタジオ入りすべく努力しており本件事故による空白時間はともに長時間とはいえずY社においても早朝の放送事故を防ぐ措置が万全とはいえなかった
 さらに、事実と異なる事故報告書を提出した点についても、スタジオの設備構造についてXの誤解があり、また短期間内に2度の放送事故を起こし気後れしていたことを考えると、Xを強く責めることはできない。
 加えて、Xの平素の勤務成績は別段悪くなくファックス担当者も譴責処分に処せられたに過ぎないし、Y社において従前放送事故を理由に解雇された事例はなかった

(3) 以上の事情のもとにおいて、Xに対し解雇をもってのぞむことは、いささか苛酷に過ぎ、合理性を欠くうらみなしとせず、必ずしも社会的に相当なものとして是認することはできない。
 したがって、本件解雇の意思表示を解雇権の濫用として無効とした原審の判断は正当である。

解説・ポイント

 本事例のように、裁判所は、労働者の責めに帰すべき事情だけでなく、労働者に有利な事情等も考慮に入れて、総合的に解雇の合理性・相当性を判断する傾向にあります

 解雇が有効とされた事例としては、診療開始時刻の不遵守など服務規律違反を繰り返し、患者やその家族とのトラブルも多数発生していた病院の内科医長に対する解雇(福井地判平成21.4.22労判985号23頁)や、職場の人間関係を毀損する自己中心的で他罰的な発想に基づく数々の言動、性向等を理由とする労働者の解雇(東京地判平成26.12.9労経速2236号20頁)の例などがあります。
 
 解雇の有効性は、①客観的合理性と②社会通念上の相当性から判断され、①、②いずれかの要件を欠く場合には解雇権の濫用として無効と判断されることになります(解雇権濫用法理)。
 この判例では、「合理性を欠くうらみなしとせず、必ずしも社会的に相当なものとして是認することはできない」と判示していることから、①と②の要件を区別して判断しているとはいえませんが、本件解雇に少なくとも②の社会通念上の相当性はないと判断したものと考えられます。

 なお、実務において、裁判所は、労働者にとって有利な事情を考慮したうえで、解雇することが社会通念上相当といえるか厳格に判断する傾向にあるため、容易に解雇の有効性は認められないことに注意が必要です。