読むポイントここだけ

 この裁判例は、使用者は、原則として、人事考課について広い裁量権をもつが、昇格・賞与査定にあたって就業規則に定められた評定対象期間外の事由をその対象とした人事考課を行うことは裁量権の逸脱にあたり違法となると判断しました。

事案の概要

(1) Y社の従業員であるXは、業務課主任の職にあり、職能資格等級4級に格付けされていたものである。

(2) Xは、平成6年6月2日の経営陣批判発言について、直属の上司から叱責され、会長から呼出注意を受けたが、謝罪を拒否した。

 そこで、Y社は、平成7年4月までに、監督職の能力に欠け改善が見られず、職能資格等級規程上の降格事由「勤務成績が著しく悪いとき」に該当するとして、Xを4級11号から3級24号へ降格させた。
 また、Y社は、平成7年から平成10年の4月に実施される職務給昇給の人事評定においてXの評価を最低のEランクとした。
 さらに、Y社は、平成6年夏期及び平成10年冬期の賞与に付き、業績評定においてXの評価を最低のEランクマイナスとした。

(3) Xは、Yの行った降格処分、昇給・賞与査定は違法であるなどとして、Yに対し、降格処分の無効確認及び不法行為に基づく損害賠償等を求めた。

第一審は、降格処分及び昇給決定については請求を棄却し、各賞与決定については請求を認容した。

判旨・判決の要約 請求一部認容、一部棄却

(1) 降格処分の効力

 Y社の各規程によれば、昇格及び降格は個別に常務会が決定することになっているから、Y社は、従業員の各該当能力判断につき「大幅な裁量権」を有している
 本件をみるに、Xの行為態様は、「監督職にある従業員の能力」の評価・判断において負の評価を受けても当然の行為であり、本件降格処分が違法であるとは認められない。

(2) 昇給査定の違法性と損害額

 従業員の給与を昇給させるか否か、あるいはどの程度昇給させるかは使用者たるYの自由裁量に属する。
 しかし、賃金規程や人事考課規程の実施手順等に反する裁量権の逸脱により不当に査定され、これに従って昇給するXの利益が侵害されたと認められる場合には、昇給査定が不法行為となる。
 検討するに、平成7年の昇給査定について、Xの最終評定がEにランクされたことにつき、Yに裁量権を逸脱した違法があったとは認められないが、平成8年から平成10年までの各昇給査定において評定点・最終評定共にEランクとされたのは、人事考課規程に違反する点において裁量権を逸脱した違法がある

(3) 賞与査定の違法性と損害額

 平成6年夏期並びに平成7年夏期ないし平成10年夏期の各賞与査定は、各算定期間外のXの態度に基づくものであったと推認するほかないから、本件賞与規程に反し裁量権を逸脱したものとして違法である

解説・ポイント

 減給処分に限らず、懲戒処分をするには、まず就業規則に明記することが必要です。さらに減給処分については、労働基準法上、1回の額が平均賃金の1日の半額総額が一賃金支払時期における賃金の総額10分の1を超えてはならないという制限があります(労働基準法91条)。賞与から減給処分する際についても同様の制限に服すると考えられます。
 もっとも、本件裁判例は、人事考課による査定部分には労働基準法91条の適用はないとしています。

 したがって、非違行為等により賞与の査定が低くなった結果として、いわゆる査定部分の賞与額を減額することには問題ありません
 しかし、基本給や勤続年数等により自動的に定まる部分についてまで減額する場合には、減給処分として労働基準法91条の制限に服することになります。 

 たとえば、出勤停止処分を受けた従業員が賞与受給資格を失う旨の賞与規定について、労働基準法91条にいう減給処分にあたるとした裁判例があります(札幌地室蘭支判昭和50年3月13日判決労民集26巻2号148頁)。