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 この判例は、私企業における労働者からの雇用契約の合意解約申込に対する使用者の意思表示は、就業規則等に特段の定めがない限り、辞令書の交付等一定の方式は必要ないとし、労働者の退職願に対する承認は、採用後の当該労働者の能力、人物、実績等について掌握し得る立場にある人事部長に退職承認についての利害得失を判断させ、単独でこれを決定する権限を与えることも、経験則上何ら不合理なことではない、と判断しました。

事案の概要

(1)  Xは、Yの従業員であったが、日本民主青年同盟(民青)に加盟し、Aと共に会社に入社し、民青の同盟員拡大等の非公然活動を行っていた。Aは民青を脱退したいと思いながら、生来の内気な性格なためにこれを果たせず、ひとり思い悩んで進退に窮し、失踪した。
 人事部長がXと面接し、Aの失踪原因を問い質し、Aの部屋にあった民青資料を机上に示した。Xは、突然の退職の意思表示を示し、人事部長は慰留したが、Xがこれを聞き入れなかったため、Xが提出した退職願届を受け取った
 その後、Xは、課長から退職手続をするよう促され、その日のうちに完了できる手続を行った。しかし、その日完了できなかった退職手続については、Xは翌日これを行う旨述べて退社した。
(2) その翌日、Xは、退職願の撤回を申し出た。本件は、Xが地位確認等を請求したものである。

第一審は、Xの請求を認容した。控訴審は、Yの控訴を棄却した。

判旨・判例の要旨 破棄差戻し

 私企業における労働者からの雇用契約の合意解約申込に対する使用者の意思表示は、就業規則等に特段の定めがない限り、辞令書の交付等一定の方式によらなければならないというものではない。

 労働者の退職願に対する承認は、採用後の当該労働者の能力・人物・実績等について掌握し得る立場にある人事部長に退職承認についての利害得失を判断させ、単独でこれを決定する権限を与えることとすることも、経験則上何ら不合理なことではない
 
 本件についてみるに、人事部長がXの退職願を受理したことをもって本件雇用契約の解約申込に対するYの即時承諾の意思表示がされたものというべく、これによって本件雇用契約の合意解約が成立したものと解するのがむしろ当然である。

解説・ポイント

 解雇とは対照的に、労働者がその一方的な意思表示によって労働契約を解約することを「辞職」といいます。
 期間の定めのない労働契約の場合、労働者は2週間前に申し入れればいつでも辞職することができます(民法627条1項)。辞職は、労働者の一方的な意思表示によって効力が発生するもの(形成権の行使)であり、使用者にその意思表示が到達した時点以降は撤回できません
 
 他方、両当事者の合意に基づいて労働契約が終了することを「合意解約」といいます。この場合、2週間の予告期間を置くことなく、両当事者の合意に基づいていつでも契約を終了することができます。
 この合意解約は、両当事者の意思表示が合致することによって成立しますが、労働者の合意解約の申入れの意思表示については、使用者側が承諾の意思表示をするまではこれを撤回することができます

 本件では、最終決裁権者である人事部長がXの退職願を受理した時点で承諾の意思表示があったと認定されたため、撤回が認められませんでした。
 なお、合意解約の意思表示にあたり、心裡留保、錯誤、詐欺・強迫などがあった場合には、合意解約を無効とし、または取り消すことができる場合があります。