【読むポイントここだけ】


 この判決は、死亡事故や障害等級7級以上の重い後遺障害など、保険金が年金で支給される場合に将来支給分を賠償額から控除できるか問題となるところ、既に支給された分及び支給が確定した分のみ控除が認められ、将来支給分は控除が認められないと判断しました。

【事案の概要】


(1)Y社に整備工として雇用されたXは、特殊車両の点検修理中にクレーンから落下したバケットの下敷きとなり脳挫傷の重傷を負い労働能力を完全に喪失した。
(2)Xは、Y社に対して不法行為(民法717条・715条)に基づき事故時から満63歳までの逸失利益及び慰謝料の支払いを求めて訴訟を提起した。

第一審及び原審ともにX勝訴、ただし、原審では将来給付を受けるべき労災保険給付及び厚生年金保険給付相当額についても逸失利益から控除し賠償額を限定したため、Xが上告した。

【判旨 判決の要約】上告を認容し、原判決及び第一審判決を変更


 受給権者の使用者に対する損害賠償請求権が失われるのは、労働者災害補償保険法に基づく保険給付が損害の填補の性質をも有する以上、政府が現実に保険金を給付して損害を填補したときに限られ、いまだ現実の給付がない以上、たとえ将来にわたり継続して給付されることが確定していても、受給権者は使用者に対し損害賠償の請求をするにあたり、このような将来の給付額を損害賠償債権額から控除することを要しないと解するのが相当である。

【解説・ポイント】


 死亡事故や障害等級7級以上の重い後遺障害など保険金が年金で支給される場合、既に支給された分及び支給が確定した分のみ控除が認められ、将来支給分は控除が認められません。
 ただし、企業は損害賠償を支払うべき場合にも、障害補償年金又は遺族補償年金の「前払一時金」(例えば、死亡事故の場合で給付基礎日額の1000日分)の最高限度額までは損害賠償の支払を猶予され、この猶予の間に前払一時金又は現実に支払われたときは、その給付額の限度で損害賠償責任を免除されることになっています(労災法64条)。
 結局、被災者や遺族が、労災保険の年金でなく、企業に対して一時金による支払を求めてきた場合、企業は、上記猶予の主張をしないと一時に全額を支払わなくてはならないことになりますので注意が必要です(前払一時金の履行猶予が認められた例としてハヤシ(くも膜下出血死)事件:福岡地判平成19年10月24日労判956号44頁)。