はじめに

 労働基準法には、労働時間、休日、深夜業などについて規定を設けていることから、使用者は、労働時間を適正に把握するなど労働時間を適切に管理する責任があります。

 ですが、現状をみると、労働時間の把握に係る自己申告制(労働者が自己の労働時間を自主的に申告することにより労働時間を把握するもの)の不適正な運用などに伴い、労働基準法に違反する過重な長時間労働や割増賃金の未払いといった問題が生じているなど、使用者が労働時間を適切に管理していない状況があります(労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン)。

未払賃金を請求する

1 未払賃金の意義・種類

 未払賃金とは、通常、労働者による既往の労働に対して、賃金が使用者から支払われていないことをいいますが、賃金とは、使用者が労働者に支払うもので、労働の対償とされるものをいいます(労働基準法11条)。
 賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何は問われません。

 他方、使用者が労働者に支給するものでも、労働の対償とされない結婚祝金、死亡弔慰金、災害見舞金などの任意的恩恵給付や住宅資金の貸付、住宅貸与などの福利厚生給付、制服、出張旅費、交際費などの企業設備・業務費は賃金にはあたりません。

2 賃金請求権がいつ発生するか

 賃金請求権の根拠は、使用者が労働者に対して、賃金を支払うことを労働者と合意したことにあります。

 この合意は、一般的に、雇用契約書を取り交わすことによってその発生が認められますが、雇用契約書の取り交わしなど明示の合意に限らず、事実上の慣習など黙示の合意によっても発生します。
 多くの企業では「労働条件通知書」が用いられますが、通知に過ぎず、必ずしも合意があったのか確認出来るという訳ではありません。 

 したがって、賃金請求権の具体的な発生時期は、雇用契約書など使用者と労働者の合意内容によって確定されます。
 合意の内容が不明確な場合は、労務の提供または報酬単位期間の経過とともに発生するとされています。

 なお、ここでいう労務の提供は、雇用契約の内容に沿うもの(債務の本旨に従った履行の提供)でなければなりません。

3 労務を提供しなくても賃金請求権が発生する場合

 通常は、雇用契約など合意内容にしたがって、労務の提供後に賃金請求権は発生しますが、使用者側の責任により、労働者の労務の提供が出来なくなった場合(履行不能)にも賃金請求権は発生します。使用者側の責任の有無は、履行不能に至った経緯や理由、態様などから総合的に判断されます。

 具体的には、違法な解雇雇止めによって労務の提供が出来なくなった場合や会社側の過失によって就業先がなくなったため(失火による勤務工場の消失など)労務の提供が出来なくなった場合などが挙げられます。

未払残業代を請求する

1 未払残業代をいつ発生するか

 未払残業代は、通常、労働者が使用者と合意した労働時間を超えて労務を提供した場合や休日労働、深夜労働を行った場合に発生します。

2 労働時間の意義 

 労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれていると客観的に評価できる時間のことをいいます。
 
 来客対応のための手待時間や夜勤の仮眠時間など、随時対応することが義務付けられている場合には、使用者の指揮命令下にあると客観的に評価できるので、これらは労働時間にあたるとされています。
 
 そのほか、持ち帰り残業や自発的残業についても、使用者の黙認や許容があった場合には、これらの時間も労働時間にあたるとされています(京都銀行事件・大阪高裁平成13.6.28労判811号5頁参照)。

3 時間外・休日労働・深夜労働

 時間外労働には、所定労働時間を超えて残業した場合と法定労働時間を超えて残業した場合の2種類があります。
 
 所定労働時間とは、使用者と労働者との間で合意した労働(雇用)契約や就業規則によって定められている労働時間のことをいいます(労働基準法32条2項)。
 一方、法定労働時間とは、労働基準法によって決められている1日8時間、1週40時間の労働時間のことをいいます。
 ただし、商業、映画・演劇業(映画製作の事業を除く)、保健衛生業及び接客娯楽業であって、常時使用する労働者が10人未満の事業場は、特例として週法定労働時間を44時間と定めています。
 
 休日労働とは、労働基準法で定められた法定休日(週1日又は4週を通じて4日。曜日は問いません。)に労働させることをいいます(労働基準法35条1項)。原則として、使用者は、時間外労働や休日労働を行わせることは出来ません。ですが、災害など非常事由が発生した場合には、事前又は事後に労働基準監督署長の許可を得て時間外・休日労働を行わせることができます。
 
 また、労使協定の締結(いわゆる36協定)により、これを労働基準監督署に届け出て、時間外労働や休日労働を行わせる旨を別途、就業規則や労働契約などに定めることによっても時間外・休日労働を行わせることができます。
 ただし、時間外労働には限度が定められており、原則として1か月45時間1年360時間を超えないものとしなければなりません
 
 深夜労働とは、一般的に、午後10時から午前5時までの時間帯における労働のことをいいます。コンビニでの深夜の時間帯に勤務する場合のように、所定労働時間が深夜にあたる場合には、深夜労働イコール時間外労働に当たるわけではありません。

4 割増賃金

 時間外労働や休日労働に対しては、通常の賃金の2割5分から5割以下の範囲で割増賃金を支払う必要があります(労働基準法37条1項本文)。
 
 例えば、通常1時間当たり1,000円で働く労働者の場合、時間外労働1時間につき、割増賃金を含め1,250円以上支払う必要があります。
 
 休日労働に対する割増賃金は、通常の賃金の3割5分以上の支払が必要となり、深夜業に対する割増賃金の支払は、2割5分以上となります。
 
 割増賃金は重複して発生することがあります。
 時間外労働が深夜業となった場合、合計5割以上(2割5分+2割5分)の割増賃金を支払う必要がありますし、休日労働が深夜業となった場合は6割以上(3割5分+2割5分)の割増賃金を支払う必要があります。
 ただし、法定休日には法定労働時間というものが存在しませんので、休日労働をさせた場合は時間外労働に対する割増賃金は発生しません。
 したがって、休日労働に対する割増賃金と時間外労働に対する割増賃金は重複しません(ご相談でも誤解されている方が多い点です)。

5 適用除外者

(1)労基法第41条各号

 労働基準法第41条は、農業・畜産・水産業に従事する労働者(1号)、管理監督者および機密事務取扱者(2号)、監視・断続的労働従事者(3号・ただし行政官庁の許可が必要)については、労働時間・休憩・休日に関する規制が適用されませんので注意が必要です。

 とりわけ、未払残業代請求において第2号の管理監督者の該当性が争点となるケースが多く見受けられます。
 管理監督者といえるためには、次の要件を満たす必要があります。

1.労務管理上の使用者との一体性
2.労働時間の管理を受けていないこと
3.基本給や手当面でその地位に相応しい待遇を受けていること

 管理監督者に該当すれば、使用者は時間外・休日労働の割増賃金を支払う義務はないため、管理監督者該当性についての専門的な判断は、弁護士や社会保険労務士など人事・労務の専門家に相談されることをお勧めいたします。

(2)高度プロフェッショナル制度

 ⾼度プロフェッショナル制度とは、⾼度の専門的知識を有し、職務の範囲が明確で⼀定の年収要件を満たす労働者を対象として、労使委員会の決議及び労働者本⼈の同意を前提として、年間104⽇以上の休⽇確保措置や健康管理時間の状況に応じた健康・福祉確保措置等を講ずることにより、労働基準法に定められた労働時間、休憩、休⽇及び深夜の割増賃⾦に関する規定を適⽤しない制度のことをいいます。

 そのため、⾦融⼯学等の知識を用いて⾏う⾦融商品の開発の業務や新たな技術、商品又は役務の研究開発の業務などを行う⾼度プロフェッショナル制度の対象労働者は、残念ながら残業代請求をすることはできません

未払賃金請求権の時効に注意

 120年ぶりの民法改正に伴い、賃金請求権の時効期間が「2年」から「3年」へと延長されました。そのため、改正法施行日である2020年4月1日以後に賃金支払日が到来する賃金請求権については、新たな消滅時効期間が適用されることになります。これにより、未払賃金や未払残業代を1年分多く請求できることになりました。
 
 なお、退職手当の請求権は、改正前と同様、時効は5年となります。また、賃金、退職手当を除く災害補償その他の請求権も改正前と同様、時効は2年となります。

未払賃金や残業代請求をする方法

1 基本的事項を確認する 

 まず、労働者が未払賃金・残業代請求を行う場合、使用者側の帰責性の有無や就労状況など、未払賃金・残業代の基礎となる事実を確認する必要があります。
 
 具体的には、所定労働時間・所定労働日数・所定休日、賃金額及び内訳、賃金の締め日・支払日、就業規則や労働協約における時間外労働に対する定めの有無とその内容などです。
 
 これらの事実を確認するために、上記就業規則のほか、所定賃金を確認出来る給与明細や実際に働いた時間を確認できるタイムカード、勤怠記録などの証拠資料を収集・確保する必要があります。
 
 そのほか、上記使用者側の帰責性の有無や就労状況について確認するために、同僚や上司、取引先などの協力を得て、陳述書を作成する場合があります。

2 証拠資料の開示請求

 未払賃金・残業代の請求を行う場合、交渉段階では、労働者側は、使用者側に対して就業規則や実際の労働時間を把握するため、タイムカードなどの記録の開示請求を行うことなります。
 
 しかし、実務上、使用者側が実際の労働時間数を正確に記録しておらず、交渉段階でタイムカードなど資料の開示請求に応じてくれるケースはそう多くはありません

 また、同僚や上司、取引先などの証言も、就業先との今後の関係を憂慮して、通常、使用者への不利な証言には消極的です。

3 労働審判・訴訟提起

 交渉段階で奏功しない場合には、労働審判による解決を検討します(労働審判を経ずに直接提訴することもできます)。
 
 労働審判は、原則として、3回の期日で解決することが予定されているため、迅速な解決が期待できますが、労働審判でも合意に至らず、なお使用者に未払の賃金・残業代の請求を行う場合には、訴訟へ移行して請求することになります。

 訴訟に移行すれば、終局的な解決を期待できますが、別途印紙代・弁護士報酬など訴訟費用が必要となり、解決まで長期間に及ぶことになるというデメリットがあります。事案にもよりますが、実務上、費用や期間の観点から、まずは労働審判を申立てて解決を目指すのが得策です。 

未払賃金・残業代の請求を弁護士に依頼するメリット

1 弁護士に依頼すると物心両面でメリットがある

 一般的に、労働者が、みずから使用者と交渉して、未払賃金や未払残業代の事実を根拠付ける適切な証拠資料などを収集することは、非常に困難です。
 とりわけ、使用者と労働者との間で主張が鋭く対立している場合には、これらの証拠資料を集めたうえで、交渉を進め適切な金額で合意することは事実上不可能に近いでしょう。
 
 この点、労務問題に詳しい弁護士に依頼すれば、証拠収集や相手方との交渉をすべて弁護士が行いますので、直接、使用者と交渉する精神的負担はなくなりますし、証拠収集も労働者の方が個人で行うよりも迅速に行うことが期待できます。また、労働者側が弁護士に依頼すると、通常、使用者側にも弁護士が就くため、感情的な対立により争点が逸れず、当事者同士の話合いよりもスムーズに交渉が進み示談に至ることが期待できます。
 
 仮に、労働審判や訴訟に移行した場合にも、弁護士であればその後の訴訟追行も十分に対応できますので、結果的には弁護士に依頼した方が物心両面でメリットが大きいといえます。
 
 相手方とどのように交渉を進めていくのが効果的かは事案により異なりますので、未払残業代の支払請求についてお困りの方は、一度弁護士に相談されてみてはいかがでしょうか。 

2 弁護士法人いかり法律事務所は相談・解決実績も豊富

 弁護士法人いかり法律事務所では、未払残業代をはじめ不当解雇やハラスメントなど労務問題について研究、判例・裁判例調査を行い日々法令知識とスキルのアップデートに努めています。
 当法律事務所には、労務問題に詳しい弁護士が多数在籍していますので、未払賃金・未払残業代など労務問題についてお困りの方は、まずは無料法律相談をご予約の上、お気軽にご相談ください。