第1 はじめに
1 広告には多くの知的財産権が関与する
知的財産権とは、産業財産権(特許権や実用新案権、意匠権、商標権の4つ)のほか、著作権、肖像権などを加えた権利の総称をいいます。事業活動を行う上で広告(広告制作、広告表現)は必須となりますが、広告制作や広告表現にあたって、知的財産権、とりわけ著作権や肖像権、商標権などの権利侵害のおそれがあることに注意しなければなりません。
2 責任は広告主にある
たとえば、広告を制作するといっても、広告制作会社などに広告制作を業務委託している場合のように、自社で制作しない場合があるかもしれません。
しかし、広告制作、その広告の利用(広告表現)に関するすべての責任は「広告主」が負担しなければなりません。すべてのクレームは広告主に届くということに注意する必要があります。
第2 広告実務と関わる知的財産権
1 著作権の侵害
⑴ 著作権とは
著作権とは、著作者の持つ権利のことで、「著作(財産)権」と「著作者人格権」の2つがあります。「著作(財産)権」とは、複製権や譲渡権、貸与権など法定された複数の権利から成り立つ権利のことをいいます。
広告の著作権は、インターネット広告や動画広告など広告(を行うこと)自体の権利と、広告(で用いられる)素材の権利から成り立っており、広告自体の権利の上に広告素材の権利が積まれている2段階構造となっています。
広告に必要となるコピーや、写真、録音、録画などの方法で「物に複製する」権利である複製権は、著作権の基本的な権利とされています。そのため、著作(財産)権のうち、複製権とネット上にアップロードして公衆が閲覧できるようにする公衆送信権は、広告にあたって、特に注意を払わなければならない権利とされています。
また、「著作者人格権」とは、公表権、氏名表示権、同一性保持権から成り立つ権利のことをいいます。著作者人格権のうち、著作者の意に反する形で、著作物を勝手に改変されない権利である同一性保持権は、広告にあたって、特に注意を払わなければならない権利とされています。
なお、著作(財産)権と異なり、著作者人格権は譲渡不可能な権利とされています。
⑵ 著作権侵害の判断基準
著作権の侵害は、
①侵害されたものが著作物といえるか(著作物性)、
②元の著作物を参考に創られたものか(依拠性)、
③元の著作物と本質的な特徴の類似があるか(同一性・類似性)、
以上3つの基準から判断されます。
①は著作物の該当性や著作権者の存否などについて、②は元の作品の著名性や周知性の程度などについて、③は元の著作物との本質的な特徴の類似性などについてそれぞれ検討が必要となります。
なお、著作物とは、思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいいます(著作権法第2条1項1号)。
2 肖像権の侵害
⑴ 肖像権とは
肖像権とは、みだりに自己の容ぼうや姿態等を撮影され、これを公表されない「人格的権利」と、その肖像や氏名が顧客吸引力など経済的価値を持つ場合に生じる「財産的権利(パブリシティ権)」のことをいいます。
肖像権のうち、パブリシティ権は、主に広告で表示されるタレントや、有名なスポーツ選手など著名人が有している権利であり、広告にあたって、侵害することのないよう、特に注意を払わなければならない権利とされています。
⑵ 肖像権侵害の判断基準
肖像権の侵害は、特定の個人が識別されるかにより判断されます。
著名人の場合であれば、似顔絵や、サイン、シルエットなどにより当該著名人を特定できる場合には、パブリシティ権侵害のおそれがあることになります。
判例上は、物や動物のパブリシティ権を否定していますが(最高裁第二小法廷平成16年2月13日判決)、物や動物のパブリシティ権を根拠にクレームが発生する可能性があるので広告で使用する際にも注意が必要です。
なお、歴史上の著名人など、死後相当期間が経過した著名な故人の肖像を利用することについては、トラブルが発生する可能性は少ないですが、遺族を確認できる場合には、後のトラブル防止のため、あらかじめ利用の許諾をとっておくことが望ましいとされています。
3 商標権の侵害
⑴ 商標権とは
商標権とは、簡単にいうと、新商品のネーミングやブランドのロゴなど、人の知覚によって認識できる文字や図形、記号などを自社の商品やサービスの提供のために排他的に利用できる権利のことをいいます。
商標権を取得するためには、特許庁へ出願し、審査を経て商標登録を受けることが必要となります。商標登録は更新することが出来るため、半永久的に権利が保護されることになります。
広告制作にあたっては、企業やブランドのロゴ、シンボルマークなどを許諾なく利用する場合には、商標権を侵害するおそれがあるので注意が必要です。
⑵ 商標権侵害の判断基準
商標権の侵害とは、他人の登録商標と同一又は類似の商標を、その商標と同一又は類似の商品・サービスのために権限なく使用し、出所を混同させることをいいます。
要するに、登録された商標と同一又は類似の商標を権限なく利用して、経済的利益等何らかの利益を得る行為を行うことをいいます。
商標権の侵害(他人の登録商標と同一又は類似しているか)は、外観(形状や色彩など)、呼称(発音)、観念(意味内容)の3つの要素から判断されることになります。
ネーミングやロゴなどは必ずしも商標登録されているわけではありませんが、商標検索サービス「J-Plat Pat」(特許情報プラットフォーム)等を利用して確認しておくことが必要です。
第3 広告実務で権利侵害のおそれがある場合
1 写真を利用する場合
⑴ 撮影者の権利と被写体の権利に注意する
写真といっても、人物、建物、部屋の中の様子、街の風景など様々ありますが、商品を販売している会社では、商品の写真は必須となります。写真については、撮影者の権利、被写体(つまり映っている人やモノ)の権利が問題になります。
⑵ 撮影者には著作権がある
プロが撮影した写真ではなくとも、多くの場合、写真は「創作的に表現したもの」にあたり、著作物にあたります。
他方で、免許証やパスポートなどに使用されるスピード写真、防犯カメラなどの画像は、同一のライティング(=被写体に当たる照明をコントロールすること)と同一のアングルで機械的に撮影しているだけであるため、「思想又は感情を創作的に表現したもの」とはいえず、写真の著作物にはあたらないとされています。
なお、写真の構図や撮影場所などを細かく指示されて、カメラマンが撮影した場合も、カメラマンに当該写真の著作権があると判断された裁判例もあります(大阪地裁2002年11月14日判決)。
⑶ 被写体には肖像権がある
先に説明したように、肖像権とは、何人もその承諾なしにみだりにその容貌、姿態を撮影されない自由である人格的権利のことをいいます。
著名人の写真であれば、写真それ自体に経済的価値があるため、人格的権利のほか財産的権利(パブリシティ権)も肖像権に含まれます。被写体には、この肖像権があります。
⑷ 写り込みは条件付きで許される
ア 肖像権や著作権、プライバシー権等を侵害するおそれ
人物を撮影するにしても、風景を撮影するにしても、部屋の中を撮影するにしても、写真に意図していない人やモノが写りこむことがあります。
たとえば、通行人などの写り込みの場合、個人が特定される程度に写っていると、通行人の肖像権が問題となる可能性があります。また、室内に飾られている絵画やポスターなどが映っている場合には、これらは著作物の可能性が高く、著作権が問題となる可能性があります。
風景や街並みについては、著作権が問題となることは通常ありませんが、たとえば、屋内の住人の生活の様子が伺える物が写り込んでいる場合には、住人のプライバシー権が問題となる場合があります。
イ 著作物の写り込みが許される場合
写真への著作物の写りこみについては、著作権法上、条件付きで許されており、たまたま付随的に写りこんだものについては、著作権侵害とならない場合があります(著作権法30条の2)。
以下の①~③すべての条件を満たす場合には、著作権侵害とならないとされています。
①たまたま意図せず写りこんでいること(分離困難性)
②写真全体に占める割合が小さいこと(軽微性)
③著作権者の利益を不当に害しないこと(不当性)
なお、②の目安は、写真全体に占める割合が10~20%程度以下であることが必要とされています。
③については、著作物の表現上の特徴から判断することになりますが、著作権者による当該著作物を利用した経済的利益を損なわないことが必要とされています。
ただし、これらの判断は専門的なものになるので、専門家に相談する等慎重な判断が必要です。
⑸ 権利侵害を予防する
ア 本人の承諾(許諾)を得る
写真を撮影する場合であれば、被写体本人の肖像権が問題となりますので、撮影時に被写体本人から撮影の承諾を得ておくことが必要となります。
広告掲載を行う場合には、広告掲載についても本人の承諾を得ておくことが必要となります。仮に、被写体が著名人である場合には、報酬が発生する可能性がありますので、その場合には、報酬を払う必要があります。
また、写真を加工・改変処理する場合には、撮影者の著作権(同一性保持権)が問題となりますので、加工・改変処理について撮影者から許諾を得ておくことが必要となります。
イ 著作権を譲渡してもらう
写真を利用する場合であれば、撮影者の著作権(公衆送信権など)が問題となりますので、撮影者と著作権の譲渡契約を結んでおき、著作権を譲渡してもらうと良いでしょう。
もっとも、写真を加工する権利は、著作者人格権とされており、著作者人格権は譲渡不可能な権利とされていますので、写真を加工する場合には、著作(財産)権の譲渡契約を結んでいても、加工について予め撮影者の許諾を得ておくことが必要となります。
なお、写真の利用については、従業員を撮影者にしておくことで、著作権を会社に帰属させることが可能となる場合があります(職務著作)。
自社の広告などに写真を利用する場合には、従業員を撮影者にしておくことが可能であれば著作権について問題が発生するおそれが小さくなります。
ウ 写真を加工する
写真を利用する場合、写り込んだ個人が特定されると、肖像権が問題となるので、特定されそうな人や物(車のナンバーなど)にモザイク加工などしておくと良いでしょう。
もっとも、写真の加工については、先に述べたように、著作者人格権が問題となり、撮影者の許諾が必要になりますので注意が必要です。
2 イラストを利用する場合
⑴ イラストは著作権や商標権により保護される
イラストは、多くの場合「美術の著作物」として保護されることになります。その場合、イラストも著作権により保護される可能性があります。
広告制作にあたり、イラストを利用する場合には、著作権(とりわけ複製権や同一性保持権など)が問題となります。
また、利用しようとするイラストが商標権として登録されている場合には、商標権も問題となります。
商標権の登録の有無は、商標検索サービス「J-Plat Pat」(特許情報プラットフォーム)を利用して確認することができます。
⑵ 原作と「同一性」がある場合には著作権が問題となる
著作者のイラスト(原作)と同一性があるイラストを利用する場合には、著作権が問題となります。
イラストの同一性は「イラストの創作性を有する本質的な特徴部分を直接感得し得るもの」といえるかによって判断されています(東京地裁平成15年11月1日判決)が、「本質的な特徴部分を直接感得し得るもの」かその法的判断は専門性が高いため、弁護士や弁理士等の専門家に確認してみることが必要です。
なお、著作権の保護期間は、原則として著作者の死後70年(著作権法57条)とされていますので、保護期間が過ぎた著作物を利用する場合には、著作権を侵害しません。
著作者人格権も著作者の死亡とともに消滅しますが、著作者人格権の侵害行為は、死後においてもしてはならない(著作権法60条)とされています。
また、イラストの加工、改変など著作者人格権を侵害する行為は、著作者の死後においても行うことはできません。
⑶ 権利侵害を予防する
著作権(複製権、公衆送信権など)が問題となる可能性があるため、著作権の承諾(許諾)を得ておくことが必要となります。
また、写真の利用の場合と同じように、イラストの著作権を譲渡してもらうことも著作権侵害の対策となります。
イラストの利用に伴う改変行為は、著作者人格権が問題となりますので、著作権の譲渡契約の際に、著作者人格権を行使しないことを内容としておくとより良いでしょう。
著名なイラスト等は、特許庁に商標登録されている場合があります。
許可なく商標登録された同一又は類似のイラストを利用すると商標権を侵害するおそれがありますので、商標登録の有無を商標検索サービス「J-Plat Pat」(特許情報プラットフォーム)等を利用して予め確認しておくことが必要です。
3 キャッチコピーやロゴを利用する場合
⑴ 商標権侵害のおそれがある
キャッチコピーやロゴは商標登録されている場合があり、商標登録されたキャッチコピーやロゴは商標権により保護されます。
許可なく商標登録された同一又は類似のキャッチコピーやロゴを利用すると、商標権を侵害するおそれがあるため注意が必要です。
⑵ 不正競争防止法に違反する可能性がある
社名だけを差し替えて、キャッチコピーやロゴを真似ることは不正競争防止法違反になる可能性があります。
不正競争防止法に違反すると、不法行為による損害賠償請求を受けるおそれがあります。
不正競争防止法は、著名な商品表示や営業表示について、その顧客吸引力に「フリーライド(ただ乗り)」することを禁止していますので、他人の商品や営業と誤認混同を生じさせる場合には、不正競争防止法に違反する可能性があります。
⑶ 権利侵害を予防する
イラストの場合と同じように、キャッチコピーやロゴも特許庁に商標登録されている場合があります。
許可なく商標登録された同一又は類似のキャッチコピーやロゴを利用すると商標権を侵害するおそれがありますので、商標登録の有無を商標検索サービス「J-Plat Pat」(特許情報プラットフォーム)等を利用して予め確認しておくことが必要です。
4 地図を利用する場合
地図は「著作物」にあたるため、著作権により保護されます(著作権法10条6号)。
商品案内や会社案内、イベント広告を出すときに、会社の所在地やイベント開催地の場所を示すためにグーグルマップなどを掲載することが多くあります。グーグルマップについては、出典を示すことや埋め込みにより利用するなど利用規約に従うことが求められています。
たとえば、グーグルマップを開いてスクリーンショット(写真)を掲載することは利用規約に反するとされています。利用規約に反した利用は、著作者の著作権を侵害することになりますので注意が必要です。
著作権の侵害とならないよう、地図の作成者など著作者の許諾を得ておくことや、利用規約に沿った利用を行うことが必要です。
5 フリー素材を利用する場合
フリー素材も著作物にあたり、著作権で保護される場合があります。
何をもって「フリー(自由、無料)」なのかが一律に決まっておらず、利用規約に反した利用方法は著作権の侵害となる可能性があるため、「フリー素材」であっても利用に際しては注意が必要です。
フリー素材の提供者は、通常、利用規約を定めており、利用規約に従った利用方法のみを認めているため利用規約を確認しておくことが必要です。
著作者が「この条件を守れば私の作品を自由に使って構いません。」という意思表示をするためのツールとして「CCライセンス」(クリエイティブ・コモンズ・ライセンス)というものがあります。
これらのマークがある場合は、必ずこれに従って利用しなければなりません。
6 広告自体(デザイン)を利用する場合
素材に比べると、広告自体(インターネット広告や動画広告など)が著作物として認められることは限定的ですが、著作物と認められると、当該広告自体は著作権により保護される可能性があります。
著作物として裁判例上認められた例もありますので安易な模倣は注意が必要です。
なお、WEBサイトやブログのように、素材の選択や配列に創作性があるといえる場合(編集著作物)や、体系化された検索機能を有するもの(データベース)は、多くの場合、著作物とされています。
著作権の侵害にあたらない場合でも、周知性・著名性のあるデザインで、特定の商品や営業を想起させるものを権限なく利用する場合は、不正競争防止法違反のおそれがあるので注意が必要です。
第4 権利侵害後の対応について
1 著作権等を侵害した場合
著作権や商標権等の侵害行為を行っている場合、権利侵害の事実が明らかでなくとも、時間が経過すればするほど、侵害行為により発生する損害が拡大するため、迅速に対処することが必要です。
仮に権利侵害していなかったとしても、誠意をもって、すぐに対処するべきです。
著作権や商標権などを有する者から権利侵害を指摘された場合の対応としては、
①直ちに使用を中止する、
②該当箇所が削除可能なものであれば削除する、
③侵害部分の差し替えを行うこと
などが一例として挙げられます。
2 著作権等を侵害された場合
⑴ 侵害行為の停止・中止を求める
侵害行為の初期段階では、内容証明郵便を発送するなどして、侵害行為の停止・中止を求めることになります。
⑵ 損害賠償請求・不当利得返還請求等を行う
侵害行為から相当の期間が経過するなどして、当方に損害がすでに発生している場合には、損害賠償請求をすることになります。
相手方が承諾なく著作物などを利用することにより、当該著作物から利益を得ている場合には、不当利得返還請求を行うことになります。
相手方に警告しても侵害行為が中止されず、損害が拡大し、交渉によって解決できない場合には、提訴して侵害行為の差し止め請求などを行うことになります。
その他、名誉などが毀損されている場合には、謝罪広告等の名誉回復措置を求めることも可能です。
著作権侵害には10年以下の懲役又は1000万円以下の罰金、あるいは両方の重い罰則が科され、著作者人格権の侵害に対しては、5年以下の懲役又は500万円以下の罰金が科されます。また、法人が著作権を侵害した場合には3億円以下という非常に重い罰金が科されます。
第5 まとめ
広告は、企業や事業主がクライアントやエンドユーザーに伝えたいメッセージを効果的に届けるための手法であり、商品やサービスを売る仕組みとなるマーケティングの目的を達成するために、必要不可欠なものといえます。
他方、広告の有意性は広く認められるところですが、本稿でも紹介したように、広告には、著作権や肖像権、商標権といった知的財産権との抵触にも注意を払わなければなりません。
知的財産権を侵害せず、適法に広告を行うためには、これら知的財産権全般について総合的な法律上の判断が必要となります。
自社の目に見えない財産である知的財産権をしっかりと守りつつ、他者(他社)の知的財産権を侵害しないようビジネスを行うためには、弁護士や弁理士など知的財産権の専門家から法的助言・指導を受けながら進めていくのが有益です。
私たちいかり法律事務所では、知的財産権に精通した弁護士が在籍しており、経営者の皆様に最善の方法をご提案致します。広告制作や広告表現にかかわるトラブルをはじめ知的財産権について、気になることがありましたら、まずは無料法律相談をご利用の上、お気軽にご相談下さい。