はじめに

 平成28年度に実施した相続未登記農地等の実態調査(農林水産省HP)によると、農地について相続が発生しても、登記名義人が変更されず、権利関係が不明確となるケースが多くなっていることが分かります。

 権利関係が不明確となると、後継者へ相続財産である農地の集約化を阻害することになるため、後継者の営農に支障を生じ、引いては農地の荒廃につながるという問題が発生することになります。
 このような問題が生じる原因は、農業従事者に相続人がいないことだけでなく、相続人がいても農業を続ける後継者がいない、後継者がいても農地の相続手続きを知らないなど複数の原因が考えられます。

 農地の相続問題については、農業従事者の生前のうちに相続手続きだけでなく、相続税等の節税対策も検討しておくことが必要です。

農業従事者死亡後の手続き

1 公的書類の申請、届出

 農業従事者が亡くなった場合も、農業従事者以外の者と同じように、死亡届や火葬・埋葬許可申請、年金受給停止の手続、介護保険資格喪失届、世帯主の変更届等が必要となります。

 各自治体により、一部申請、届出の期限が異なるため各自治体のHPを確認する必要があります。福岡市の死亡届等手続きに関するHPはこちらをご確認下さい。福岡市の場合は以下の通りとなります。
 なお、年金受給停止の手続きは全国共通しています。

⑴ 死亡届

 死亡した事実を知った日から起算して7日以内(国外で死亡した場合は3ヶ月以内)に死亡届を提出する必要があります。死亡届提出後に、福岡市より火葬・埋葬許可証が交付されます。
 
 故人の本籍地か死亡地又は届出人の所在地のいずれかの市区町村役所戸籍担当へ死亡届を提出する必要があります。
 なお、故人の「住所地」は届出できる窓口ではないため注意が必要です。

⑵ 火葬・埋葬許可申請書

 火葬及び埋葬をするためには、火葬・埋葬許可証が必要となります。この申請は死亡届(または死産届)と同時に行うことができます。火葬の場合は火葬場の予約をしてから許可証を申請することとなります。
 なお、火葬の日時・場所が決まっていない場合には火葬許可証は発行されないので注意が必要です。

⑶ 年金受給停止の手続

 年金受給者が死亡した場合は、故人が厚生年金受給者であった場合は死亡後10日以内に、国民年金受給者であった場合は14日以内に受給権者死亡届を提出することになります。

 年金を受給している多くの農業従事者の方は、国民年金の受給権者ですが、会社勤めを経験されている方は厚生年金保険にも加入していますので、厚生年金も受給している場合があります。

 年金は死亡した月まで支払われますが、年金の支給停止手続きを怠り年金を不正受給すると詐欺罪等の刑事罰を科される可能性があるので注意が必要です。

 なお、未支給年金がある場合には、故人と生計を同じくしていた遺族が受け取ることができます。

⑷ 介護保険資格喪失届

 被保険者は年齢によって第1号被保険者(65歳以上)と第2号被保険者(40歳以上65歳未満)に分けられます。
 
 介護保険の被保険者(第1号被保険者は全員、第2号被保険者は要介護認定を受けた人など)が死亡した場合には、世帯主(世帯主がいない場合は他の遺族)が届け出ることになります。

⑸ 世帯主の変更届

 農業従事者が世帯主である場合、死亡後14日以内に世帯変更届を届け出る必要があります。区役所市民課又は出張所へ届け出る必要があり、郵送では受け付けていません。

2 所得税・相続税の申告・納税

⑴ 所得税等の申告と納付

 所得税等の確定申告が必要な農業従事者が死亡した場合、相続人は相続開始があったことを知った日の翌日から4カ月以内に所得税等の準確定申告と納税が必要となります。
 所得税の確定申告が必要となるかはこちら(国税庁HP)をご確認下さい。

⑵ 相続税の申告と納付

 農業従事者が死亡し、相続人に相続税の申告と納税が必要となる場合、相続があったことを知った日の翌日から10カ月以内に行う必要があります。
 相続財産等の合計額が遺産に係る基礎控除額(法定相続人の数により異なります)を超える場合に、相続税の申告が必要となります。
 相続税の申告が必要となるかはこちら(国税庁HP)をご確認下さい。

⑶ 特例の適用

 相続税の申告・納税について、配偶者税額軽減や小規模等特例、農地の相続税納税猶予制度の適用を受けるためには、遺産分割協議を完了していることが必要となります。
 
 申告期限(相続があったことを知った日の翌日から10カ月以内)までに遺産分割協議が完了していない場合には「申告期限後3カ月以内の分割見込書」を提出する必要があります。

 相続税の申告書と一緒にこの見込書を提出し、相続税の申告期限から3年以内に分割された場合には、上記配偶者税額軽減や小規模等特例の適用を受けることができます。
 この場合、分割が行われた日の翌日から4か月以内に「更正の請求」を行うことになります。

 相続等に関する訴えが提起されているなど一定のやむを得ない事情がある場合のように、3年以内に遺産分割協議が終了していない場合には、申告期限後3年を経過する日の翌日から2か月を経過する日までに、「遺産が未分割であることについてやむを得ない事由がある旨の承認申請書」を提出し、その申請につき所轄税務署長の承認を受けた場合には、判決の確定の日など一定の日の翌日から4か月以内に分割されたときに、これらの特例の適用を受けることができます。
 
 適用を受ける場合は、分割が行われた日の翌日から4か月以内までに「更正の請求」を行うことになります。

 なお、申告期限までに遺産分割協議が完了していない場合には上記農地の相続税納税猶予制度の適用を受けることはできないので注意が必要です。

相続前に準備する相続税・贈与税対策

1 財産目録を作成する

 農業従事者の相続に限ることではありませんが、相続後納税しなければならない相続税を想定、把握するために、事前に財産目録を作成し相続財産の全体像を把握しておくことが効果的です。
 財産目録を作成しておくことは、相続前に準備できる相続税対策の1つとなります。 

2 予め相続財産評価額を抑える

⑴ 貸付金の譲渡又は放棄する

 被相続人が貸付金を有している場合、この貸付金は相続財産に含まれ相続税の課税対象となります。
 貸付先からの回収の見込みがない場合には、債権譲渡や債権放棄などを行い相続財産に含まれないようにしておくことが必要です。

⑵ 遊休土地を貸付ける

 被相続人が土地を有している場合、その土地を第三者へ賃貸することにより、一定の要件の下、小規模事業用宅地等の特例(貸付事業用宅地等の特例)を受けることができる場合があります。
 この特例を受けると、相続税の課税価格に算入すべき価額の計算上、最大80%の評価額減額が可能になります。

⑶ 非課税財産を購入する

 墓地や墓石、仏壇、仏具、神を祭る道具など日常礼拝をしている物など相続税の非課税財産を予め購入しておくことで、課税対象となる相続財産を抑えることができます。
 その他、相続税の非課税財産についてはこちら(国税庁HP)をご確認下さい。

 このように相続税の課税対象となる相続財産評価額を圧縮しておくことは、相続前に準備できる相続税対策の1つとなります。

3 養子縁組の活用

 養子縁組をすると「養子は、縁組の日から、養親の嫡出子の身分を取得」することになるため(民法809条)、養子は養親の法定相続人となります。
 
 相続税の基礎控除額や死亡保険金等の非課税限度額は、以下の計算式で算定されるため、法定相続人の人数が増えることにより基礎控除額や死亡保険金等の非課税限度額が増加することになります。
 
 基礎控除額や死亡保険金等の非課税限度額の増加が期待できるため、養子縁組の活用は、相続前に準備できる相続税対策の1つとなります。

(計算式)
・基礎控除額 3000万円+600万円×法定相続人の人数
・死亡保険金の非課税限度額 500万円×法定相続人の人数

 なお、基礎控除額の対象となる養子縁組による法定相続人の人数については、被相続人に実子がある場合又は被相続人に実子がなく、養子の数が1人である場合は1人、被相続人に実子がなく、養子の数が2人以上である場合は2人までの上限があります。

4 遺言書を作成する

 配偶者の税額の軽減や小規模宅地等の特例、農地の相続税納税猶予制度の特例の適用を受けるためには、遺産分割などで実際に取得した財産を基に計算されることになっているため、遺産分割協議が成立していることが前提となっています。 

 遺産分割協議の際に紛争とならないよう事前に遺言書を作成しておくことは、相続前に準備できる相続税対策の1つとなります。

 なお、遺言を行う際には、相続人の遺留分を侵害しないように配慮しておくことが必要です。

5 各種特例の適用を受ける

⑴ 配偶者の税額の軽減

 配偶者の税額の軽減とは、被相続人の配偶者が遺産分割や遺贈により取得した遺産額が、次の金額のどちらか多い金額までは配偶者に相続税はかからない制度のことをいいます。
 ① 1億6千万円
 ② 配偶者の法定相続分相当額

 配偶者の税額の軽減を受けるためには、税額軽減の明細を記載した相続税の申告書または更正の請求書に戸籍謄本等のほか遺言書の写しや遺産分割協議書の写しなど、配偶者の取得した財産が分かる書類を所轄税務署に提出する必要があります。
 
 なお、遺産分割協議書の写しには相続人全員の印鑑証明書(遺産分割協議書に押印したもの)を添付する必要があります。

⑵ 小規模宅地等の特例

 「小規模宅地等の特例」とは、相続や遺贈によって取得した財産のうち、その相続開始直前に被相続人等の事業の用または居住の用に供されていた宅地等のうち一定のものがある場合には、その宅地等のうち一定の面積まで(小規模宅地等)、相続税の課税価格に算入すべき価額の計算上、最大80%の評価額減額が可能となる特例のことをいいます。

 要するに、相続した土地を被相続人らの事業等に利用する場合には一定の面積について評価額が減額される特例のことをいいます。

 小規模事宅地等の特例の適用を受ける宅地の区分や適用を受ける面積等についてはこちら(国税庁HP)をご確認下さい。

⑶ 農地に係る相続税の納税猶予の特例

 「農地に係る相続税の納税猶予の特例」とは、農業を営んでいた被相続人等の相続人が農地等を相続や遺贈によって取得し、農業を営む場合または特定貸付け等を行う場合に、一定の要件の下にその取得した農地等の価額のうち農業投資価格による価額を超える部分に対応する相続税額は、その取得した農地等について相続人が農業の継続または特定貸付け等を行っている場合に限り、その納税が猶予される特例のことをいいます。

 要するに、農地を承継した相続人が営農を続ける場合には一定の要件のもと相続税の納税が猶予される特例のことをいいます。

 この特例の適用を受けるためには、被相続人、農業相続人、農地についてそれぞれ要件を充足する必要があります。特例の要件についてはこちら(国税庁HP)をご確認下さい。

⑷ 農地に係る贈与税の納税猶予の特例

 「農地に係る贈与税の納税猶予の特例」とは、農業を営んでいる人が、農業の用に供している農地の全部ならびに採草放牧地および準農地の一定部分をその農業を引き継ぐ推定相続人の1人に贈与した場合に、受贈者に課税される贈与税を受贈者が農業を営んでいる限り、その納税が猶予される特例のことをいいます。

 要するに、農地の贈与を受けた者が営農を続ける場合には一定の要件のもと贈与税の納税が猶予される特例のことをいいます。

 この特例の適用を受けるためには、贈与者、受贈者、農地等についてそれぞれ要件を充足する必要があります。特例の要件についてはこちら(国税庁HP)をご確認下さい。
 
 これらの特例について検討しておくことは、相続前に準備できる相続税・贈与税対策の1つとなります。

まとめ

 本稿では、農家の相続問題について、農業従事者が亡くなった直後の相続手続および農業従事者の生前のうちに準備しておきたい相続税・贈与税対策について紹介しました。
 次回は、農業従事者に相続人がいる場合や相続人がいない場合の農地の相続問題・節税対策について紹介しますのでそちらもご覧下さい。