1.はじめに

⑴ 近年の労災事故の発生状況

 厚労省が令和4年3月18日に公表した「令和3年における労働災害発生状況について(令和4年3月速報値)」によると、令和3年1月から12月までの労働災害による死亡者数(以下「死亡者数」)は831人(前年比55人・7.1%増加、平成29年同期比 94 人・10.2%減少)と平成29年から令和2年まで減少傾向にありましたが(令和2年は過去最少の802人)、令和3年では増加することになりました。
 令和3年1月から12月までの休業4日以上の死傷者数(以下「死傷者数」という)は146,856 人(前年比19,691人・15.5%増加、平成 29 年同期比28,777 人・24.4%増加)と平成14年以降で過去最多となりました。
 
 労働災害を減少させるために国や事業者、労働者等が重点的に取り組む事項を定めた中期計画である「第13次労働災害防止計画」(以下「13次防」)(平成30年度~令和4年度)では、平成29年比で死亡者数を15%以上、死傷者数を5%以上減少させることを目標にしています。
 結局、死亡者数及び死傷者数ともに、13次防の目標は未達成の状況となっています。

⑵ 複数労働事業者への労災保険給付

 複数労働事業者とは、被災した時点で、事業主が同一でない複数の事業場と労働契約関係にある労働者の方をいいます。要は、ダブルワーカーの方たちのことをいいます。
 多様な働き方を選択する方やパート労働者等で複数就業している方が増えているなど、副業・兼業を取り巻く状況の変化を踏まえ、複数事業労働者の方が安心して働くことができるような環境を整備する観点から、労災保険法が改正され、複数労働事業者(ダブルワーカー)にも労災保険が適用されるようになりました。

⑶ 労災事故における弁護士の役割

 労災事故における弁護士の役割は、被災者や遺族に迅速で正当な補償や救済が行われるよう、関係法令や裁判例、関連通達など踏まえて労災請求について法的助言やサポートなどを行うことにあります。
 通常、被災者や遺族の手元に証拠資料があることは少なく、被災者や遺族が自ら広範にわたる事実調査や証拠収集を行うことは難しい状況にあります。そのため、弁護士は、被災者や遺族が正当な救済や労災認定が得られるよう、直接、間接にサポートしていかなければなりません。

2.労災保険制度の概要

⑴ 労災保険は強制加入保険

 労災保険制度は、労働者災害補償保険法(労災保険法)に基づき、業務災害や通勤災害による労働者の負傷、疾病、障害、死亡等(以下「傷病等」といいます)に対して保険給付を行う制度です。
 労働者を1人でも使用する事業主は、一定の例外(暫定任意適用事業)を除き、法人、個人事業主の区別なく労災保険に加入することが義務付けられています。そのため、適用事業に使用され、労働の対償として賃金が支払われる者(労働者)であれば、常用・臨時雇・日雇・アルバイト・パートタイマー等の名称や雇用形態に関係なく、労働者としてその事業に使用されている間は、すべて労災保険の保護を受けることとなります。
 なお、事業主と同居している親族や法人の役員については、一定の条件を満たす場合に限り、労災保険が適用されます。

⑵ 過失があっても保険給付がある

 労災保険は、業務に起因する傷病等を対象としているため、被災者の過失によって労災事故が発生した場合にも保険給付の対象となります。ただし、被災者が故意又は重過失によって労災事故を発生させた場合や正当な理由なく療養に関する指示に従わず傷病等の程度を増進させ、又は回復を妨げた場合には、保険給付の支給が制限されます。

⑶ 業務災害と通勤災害

ア 業務災害

 業務災害とは、業務が原因となって発生した傷病等のことをいいます。業務災害が認められるためには、業務遂行性があることを前提に業務起因性が認められることが必要となります。業務遂行性とは、労働者が使用者の指揮命令下にあることをいいます。業務起因性とは、傷病等の発生原因が業務によるものであることをいいます。

イ 通勤災害

 通勤災害とは、労働者が通勤により被った傷病等を言います。「通勤によ」るとは、労働者が、就業に関して、住居と就業場所との往路・就業場所から他の就業場所への移動などを、合理的な経路及び方法により行うことをいいます。
 労働者の移動が業務の性質を有している場合には、通勤災害ではなく業務災害となります。また、移動の経路を逸脱し、又は移動を中断した場合には、逸脱又は中断の間及びその後の移動は「通勤」とはなりません。
 ただし、逸脱又は中断が日常生活上必要な行為であって、厚生労働省令で定めるやむを得ない事由により行うための最小限度のものである場合は、逸脱又は中断の間を除き「通勤」となります。
 このように、通勤災害とされるためには、その前提として、労働者の就業に関する移動が要件となります。

⑷ 第三者行為災害

ア 第三者行為災害とは

 第三者行為災害とは、労災保険給付の原因である傷病等の原因が第三者の行為等によって生じたものであって、労災保険の受給権者である被災労働者又は遺族に対して、第三者が損害賠償の義務を有しているものをいいます。
 このように、仕事で道路を通行中に建設現場からの落下物に当たる、また通勤途中に交通事故に遭うなどの災害にあった場合に、第三者行為災害が問題となります。

イ 手続

 第三者行為災害に関する労災保険給付に係る請求に当たっては、療養(補償)給付請求書や休業(補償)給付請求書など労災保険給付の請求書とともに「第三者行為災害届」等の関係書類を提出することが必要となります。
 第三者行為災害であることが業務又は通勤による災害であるか否かの判断を左右するものではありませんが、正当な理由なく「第三者行為災害届」を提出しない場合には、労災保険の給付が一時差し止められることがありますので、注意が必要です
 なお、自動車事故の場合、労災保険給付と自賠責保険等(自動車損害賠償責任保険又は自動車損害賠償責任共済)による保険金支払との間で、同一事由によるものについては、損害に対する二重のてん補とならないよう支給調整が行われることとなります。
 労災保険給付と自賠責保険等のどちらを先に受けるかについては、被災労働者又は遺族が自由に選ぶことができますが、自賠責保険等には仮渡金制度や内払金制度があるなどのメリットがあることから、労災保険給付に先行して自賠責保険等を受けることをおすすめします。

⑸ 特別加入制度

ア 特別加入制度とは

 労災保険は、「労働者」を補償・救済の対象とする保険であるため、「労働者」とはされない個人事業主や家事従事者などは労災保険によって補償・救済されないのが原則です。
 特別加入制度とは、このような労働者以外の個人事業主や家事従事者などを対象に一定の要件のもと任意に加入することを認め、労災保険が適用される制度のことをいいます。
 労災保険に任意に加入することにより、仕事中や通勤中に被った傷病等について補償が受けられることになります。

イ 特別加入手続き

 特別加入制度手続きは、加入しようとしている方の業務内容により異なります。
(ア)中小事業主等
 中小事業主等が特別加入するためには、①雇用する労働者について保険関係が成立していること、②労働保険の事務を労働保険事務組合に委託していることの2つの要件を満たし、所轄(事業所を管轄している)都道府県労働局長の承認を受けることが必要となります。

(イ)一人親方その他自営業者
 一人親方とは、労働者を使用しないで土木、建築業など一定の事業を行うことを常態とする者やその他自営業者、これに従事する者をいいます。一人親方等の特別加入手続きは、特別加入団体が行うことになります。この場合、新たに特別加入団体をつくって特別加入申請を行うか、又は既存の特別加入団体に加入して所轄都道府県労働局長の承認を受けることになります。

(ウ)特定作業従事者
 特定作業従事者とは、①特定農作業従事者や②指定農業機械作業従事者、③国または地方公共団体が実施する訓練従事者、④家内労働者及びその従事者などのことをいいます。
① 特定農作業従事者とは、年間の農産物の総販売額が300万円以上又は経営耕地面積が2ヘクタール以上の規模を有し、土地の耕作・開墾、植物の採取・栽培、家畜等の飼育などを行う農作業者で、動力により駆動する機械を使用する作業や高さ2メートル以上の箇所で植物の採取などを行う者をいいます。
② 指定農業機械作業従事者とは、農業者であって耕うん機やトラクター、コンバイン、チェーンソー、農薬散布用ドローンなど特定の機械を使用して土地の耕作、開墾又は植物の栽培・採取などを行う者をいいます。
③ 国または地方公共団体が実施する訓練従事者とは、求職者のための職場適応実施訓練に従事する者をいいます。
④ 家内労働者及びその補助者とは、金属加工作業や製造業などで特に危険な作業に従事する者をいいます。
 特定作業従事者が特別加入する場合の手続きは、一人親方その他自営業者の場合と同様、新たに特別加入団体をつくって当別加入申請を行うか、又は既存の特別加入団体に加入して所轄都道府県労働局長の承認を受けることになります。

(エ)海外派遣者
 海外派遣者とは、日本国内の事業主から、海外で行われる事業に労働者として派遣される者や日本国内の事業主から、海外にある中小規模の事業に事業主等(労働者ではない立場)として派遣される者などをいいます。海外派遣者の特別加入の手続きは、海外派遣元事業場の事業主または海外派遣団体が所轄労働基準監督署長を経由して所轄都道府県労働局長へ特別加入申請書(初めて申請する場合)又は特別加入に関する変更届(派遣元が既存の特別加入団体の場合)を提出し承認を受けることになります。

ウ 「特別加入」の対象が拡大

(ア)自転車を使用して貨物運送事業の事故の増加
 最近では、コロナ禍の影響もあり自転車を使ったフードデリバリーの配達員をよく見かけるようになりました。また、それに伴い配達員らの業務中の事故などによる法律相談が急増しています。これまで労災保険の適用がなかったため、業務中に傷病等が生じても労災保険により補償されず、怪我をしても国民健康保険などを利用して通院しなければならないなど負担は大きなものとなっていました。
 このような状況を受けて、令和3年9月1日から「特別加入」制度の対象が拡大され、自転車を使用して貨物運送事業を行う方たちにも特別加入することができるようになりました。

(イ)特別加入手続きの流れ
 まずは、自転車を使用して貨物運送事業を行う本人から、加入したい団体へ申し込み手続きを行う必要があります。次に、本人からの申請手続きを受けて、特別加入団体が所轄の労働基準監督署に「特別加入申請書」または「特別加入に関する変更届」を提出します。最後に、都道府県労働局⾧が受理し、承認することにより労災保険へ特別加入することができます。

3.労災保険給付の内容

⑴ 労災保険制度には様々な給付がある

 労災保険制度に基づく給付には、療養(補償)給付や休業(補償)給付、障害(補償)給付など傷病等発生後に支給されるものや、心臓疾患等の予防のために支給される二次健康診断等給付などがあります。
 なお、給付に「補償」が付くのは業務災害の場合で、つかないのは通勤災害の場合です。

⑵ 労災保険給付の種類と内容

ア 療養(補償)給付

(ア)意義
 療養(補償)給付とは、診察費や薬代、手術費、入通院交通費など被災者が被った傷病等の加療のために要する治療関連費用として支給されるものをいいます。基本的に全額支給されますが、治療効果が期待できないものについては、支給を受けられません。

(イ)受給方法  
 療養(補償)給付の受給方法は、入通院先が労災指定医療機関かどうかによって異なります。労災指定医療機関の場合は、労災指定の療養(補償)給付の請求書を当該指定医療機関に提出することにより、無料で治療を受けることができます。当該指定医療機関は、同請求書を所轄労働基準監督署に提出して治療費を受け取ります。
 他方、労災指定医療機関以外の場合は、被災者がいったん治療費を全額負担し、療養(補償)等給付たる療養の費用請求書を領収書とともに直接、所轄労働基準監督署に請求し、治療費全額の払い戻しを受けることになります。
 請求書は、業務災害によるものか通勤災害によるものかにより異なるので注意が必要です。療養(補償)給付の請求書の書式及び記入例についてはこちらをご覧ください。

イ 休業(補償)給付

(ア)意義
 休業(補償)給付とは、被災者が傷病等の加療のため労働することができず賃金を受けない場合に、休業(補償)給付支給請求書を所轄労働基準監督署に提出して、休業4日目から給付基礎日額の60%が支給されるものをいいます。 給付基礎日額とは、通常、傷病等の発生した日又は医師の診断により疾病にかかったことが確定した日(算定事由発生日)の直前3ヶ月間の賃金総額を日割り計算したもの(平均賃金)をいいます。複数事業労働者の給付基礎日額については、原則、複数就業先に係る給付基礎日額に相当する額を合算した額となります。
 また、休業(補償)給付を受ける者に対し、休業 4日日から 1日につき給付基礎日額の20%に相当する休業特別支給金が支給されます。
 このように、被災者は、合計で給付基礎日額の80%を受給することができます。

(イ)支給要件    
 休業(補償)給付は、①業務災害又は通勤災害によって療養中であること②当該傷病等によって労働することができないこと③そのため賃金を受けていないこと3つの支給要件を満たす必要があります。
 実務上、争点となりやすい②の「労働することができない」とは、「これまで行ってきた業務をすることが出来ない」場合のことをいうため、軽作業であれば働ける場合にも「労働することができない」場合と判断されることになります。

(ウ)受給方法  
 休業(補償)給付を請求するためには、被災者が休業(補償)給付支給請求書に必要事項を記載し、所轄労働基準監督署に提出することにより行います。請求書には療養のために休業が必要であることについて主治医の証明が必要となります。
 請求書は、業務災害によるものか通勤災害によるものかにより異なるので注意が必要です。また、休業特別支給金の請求は、原則として、休業(補償)給付と同時に請求する必要がありますが、休業(補償)給付の支給請求書と休業特別支給請求書は同一の書類なので、通常、休業(補償)給付の請求を行うことにより、休業特別支給金の請求も行うことができます。休業(補償)給付支給請求書の書式及び記入例についてはこちらをご覧ください。

ウ 障害(補償)給付

(ア)意義
 障害(補償)給付とは、業務又は通勤が原因となった負傷や疾病が治ったとき(症状固定)、身体に一定の障害が残った場合に、被災者が障害(補償)給付支給請求書を所轄労働基準監督署に提出して、障害等級(1級~14級)に応じた年金又は一時金が支給されるものをいいます。障害の程度が1級~7級の場合には障害(補償)年金が支給され、8級~14級の場合には障害(補償)一時金が支給されることになります。
 
 障害(補償)給付は、給付基礎日額の何日分として支給されます。一時金としての支給であれば、1回限りの支給となり、年金としての支給であれば支給要件に該当した翌月から毎年偶数月に前2ヶ月分が支給されることになります。複数事業労働者の給付基礎日額については、原則、複数就業先に係る給付基礎日額に相当する額を合算した額となります。
 たとえば、障害等級1級であれば、毎年、給付基礎日額の313日分が支給され、障害等級14級であれば1回限りで給付基礎日額の56日分が支給されます。
 障害(補償)給付についても障害の程度に応じ、申請により特別支給金が障害特別年金、障害特別一時金が支給されます。

(イ)支給要件
 障害(補償)給付を請求するためには、被災者の傷病等が「治ったとき」と言えることが支給要件となります。この「治ったとき」とは、傷病等の状態が安定し、これ以上医療効果が期待できない状態になったことをいいます。これを症状固定といいます。
 支給要件ではないのですが、実務上、障害(補償)給付の支給を請求する場合には、通常、被災者は休業(補償)給付や療養(補償)給付を受けているため、障害(補償)給付のみを請求することは難しいとされています。なぜ、症状固定に至るまで労災を使わず、健康保険などで通院していたのか労基署より説明を求められることになります。

(ウ)受給方法
 障害(補償)給付を請求するためには、①まず、被災者は、主治医に障害(補償)等給付請求用の診断書の作成を依頼し、準備する必要があります。②次に、被災者は障害(補償)給付支給請求書に必要事項を記載し、事業主の証明印なども記載した上で、請求書を所轄労働基準監督署に提出することになります。添付資料として、MRIの画像やレントゲン写真などもあればこれらも提出することになります。   
 請求書は、業務災害によるものか通勤災害によるものかにより異なるので注意が必要です。障害(補償)給付支給請求書の書式及び記入例についてはこちらをご覧ください。

エ 遺族(補償)給付

(ア)意義
 遺族(補償)給付とは、業務災害又は通勤災害によって死亡した場合、被災者の遺族に対して、被災者と遺族との身分関係に応じて年金又は一時金として支給されるものをいいます。

(イ)支給要件
 遺族(補償)給付を請求するためには、①被災者の死亡当時、被災者の収入によって生計を維持していたこと②被災者の配偶者、子、父母、孫、祖父母又は兄弟姉妹であること③妻以外の遺族については年齢要件を満たしていること、以上3つすべての支給要件を満たすことが必要となります。
 ①の生計維持要件については、実際に被災者と同居していたことや同居していなくとも生活費や療養費など経済的な援助が行われていたことが必要となります。生計の一部を維持している共稼ぎの場合にも生計維持関係が認められます。③の年齢要件については、優先順位があり、最優先は、妻及び60歳以上または一定の障害(労災保険の後遺障害等級5級以上に該当など)の状態にある夫となり、最下位は、55歳以上60歳未満の兄弟姉妹となります。受給権者が死亡したり、婚姻したりして受給権者でなくなった場合には、次順位の遺族が繰り上がって支給を受けることができるようになります。これを転給と言います。

(ウ)支給内容
 受給権者に対し、遺族の数に応じて遺族(補償)年金及び遺族特別年金が支給されます。たとえば、遺族数が1人の場合は、給付基礎日額の153日分(ただし、その遺族が55歳以上の妻又は一定の障害状態にある妻の場合は給付基礎日額の175日分)が支給されます。また、遺族数が2人の場合は、給付基礎日額の201日分、3人の場合は201日分、4人以上の場合は245日分が支給されることになります。
 なお、給付基礎日額とは、死傷の原因である事故が発生した日、又は医師の診断により疾病にかかったことが確定した日である算定事由発生日の直前3ヶ月間の賃金の総支給額を日割りで計算したものをいいます。
 これに加えて、遺族数に関係なく遺族特別支給金300万円も一時金として支給されます。

(エ)受給方法 
 遺族(補償)給付を請求するためには、①まず、遺族は、遺族(補償)年金支給請求書に事業主の証明印などをもらい、必要事項を記載します。②次に、添付資料として、ⅰ死亡診断書や死体検案書など被災者が亡くなったことが分かる書類、ⅱ被災者の除籍謄本など請求者が被災者の遺族であることを証する公的書類、ⅲ被災者死亡時の請求者の源泉徴収票など被災者と生計維持関係があることを証する書類が必要となります。
 このほか、たとえば、請求者である遺族が遺族厚生年金や遺族基礎年金などを受給していれば、併給調整のため、年金証書の写しなども提出することが必要となります。請求者である遺族によって、上記ⅰ~ⅲのほか提出が必要となる書類が異なるので注意が必要です。仮に提出書類が不十分であっても、労基署より追完資料の案内があると思いますが、時効(5年と割と長いのですが)の観点からも事前に提出書類を調査しておいた方がよいでしょう。   
 遺族(補償)年金支給請求書の書式及び記入例についてはこちらをご覧ください。

オ 葬祭料

(ア)意義
 葬祭料とは、被災者が死亡した場合に、葬儀費用の一部を補填する目的で労基署より支給されるものをいいます。

(イ)支給要件
 すでに葬儀を行っていることが支給要件となります。そのため、「葬儀執行証明書」を提出することが必要となります。同証明書には、葬儀屋の記名押印等が必要となります。

(ウ)支給内容
 支給額は、「被災労働者の給付基礎日額の60日分」と「給付基礎日額30日分に31万5000円を加えた額」のいずれか高い額が支給額となります。

(エ)受給方法
 葬祭料又は複数事業労働者葬祭給付請求書に事業主の証明印などをもらい、必要事項を記載します。これに先に述べた葬儀を行ったことを証する「葬儀執行証明書」を添付して所轄労働基準監督署に提出します。通常、遺族(補償)年金支給請求書とともに請求することになります。葬祭料又は複数事業労働者葬祭給付請求書の書式及び記入例については、遺族(補償)年金支給請求書の箇所をご覧ください。

カ 傷病(補償)年金

(ア)意義
 傷病(補償)年金とは、療養開始後1年6カ月を経過しても治癒せず(症状固定とはならず)重篤な障害が残っている場合に支給される年金のことをいいます。すでに治癒(症状固定)している場合には障害(補償)年金が支給されることになります。また、傷病(補償)年金が支給される前に休業(補償)給付を支給されていた場合、傷病(補償)年金の支給が決定されると、休業(補償)給付は支給されなくなります。つまり、休業(補償)給付と傷病(補償)年金は併給されません。もっとも、傷病(補償)年金と療養(補償)給付の併給は可能です。

(イ)支給要件
 傷病(補償)年金は、①療養開始後1年6か月を経過しても治癒せず傷病(補償)等級1~3級に該当する場合に支給されます。

(ウ)支給内容
 傷病(補償)年金の支給額は、傷病等級1級の場合には給付基礎日額313日分、2級の場合には給付基礎日額277日分、3級の場合には給付基礎日額245日分となります。一時金として支給される傷病特別支給金は1級の場合には114万円、2級の場合には107万円、3級の場合には100万円となります。

(エ)受給方法
 傷病(補償)年金は、他の労災保険給付とは異なり、被災者の請求によるのではなく、労働基準監督署長の職権により支給が決定されます。そのため、請求手続きは必要ありません。ただし、療養開始後1年6か月を経過しても治癒していない場合には、その後1カ月以内に「傷病の状態等に関する届」を所轄労働基準監督署長に提出しなければなりません。
 「傷病の状態等に関する届」の書式及び記入例についてはこちらをご覧ください。

キ 介護(補償)給付

(ア)意義
 介護(補償)給付とは、障害(補償)等年金または傷病(補償)年金の受給者のうち、障害等級・傷病等級が1級の方(すべて)と2級の「精神神経・胸腹部臓器の障害」を有している方が、現に介護を受けている場合に支給されるものをいいます。業務災害の場合は介護補償給付が支給され、複数業務要因災害の場合は複数事業労働者介護給付が支給され、通勤災害の場合には介護給付が支給されることになります。

(イ)支給要件
 介護(補償)給付は、①一定の障害状態(傷病等級又は障害等級1又は2級)にあること②現に介護を受けていること③病院又は診療所に入院していないこと④介護老人保健施設、介護医療院、障害者支援施設、特別養護老人ホーム又は原子爆弾被爆者特別養護ホームに入所していないことのすべての要件を満たす場合に支給されます。

(ウ)支給内容
 支給内容は、被災者が常時介護を要する場合か又は随時介護を要する場合かにより異なります。介護(補償)給付により支給される金額は、令和3年3月31日時点で次のとおりとなります。
 ①常時介護を要する被災者が、親族又は友人、知人の介護を受けておらず、職業介護人へ介護費用を支払っている場合には、実費分(上限は月額16万6950円が支給されます。また、親族又は友人、知人の介護を受けているが介護費用を支出していない場合には、月額7万2990円が定額で支給されます。親族らの介護を受けつつ、支出している介護費用が月額7万2990円を下回る場合には定額の7万2990円が支給されます。他方、上回る場合には実費分(上限は月額16万6950円)が支給されます。
 ②随時介護を要する被災者が、親族らの介護を受けておらず、職業介護人へ介護費用を支払っている場合には、実費分(上限は月額8万3480円が支給されます。また、親族らの介護を受けているが介護費用を支出していない場合には、月額3万6500円が定額で支給されます。親族らの介護を受けつつ、支出している介護費用が月額3万6500円を下回る場合には定額の3万6500円が定額で支給されます。他方、上回る場合には実費分(上限は月額8万3480円)が支給されます。

(エ)受給方法
 介護(補償)給付請求書及び介護に要した費用の額の証明書を準備します。また、添付資料として医師又は歯科医師の診断書を準備します。その後、これらの書類を所轄労働基準監督署長に提出することになります。
 介護(補償)給付請求書及び介護に要した費用の額の書式及び記入例についてはこちらをご覧ください。

4.労災請求手続

⑴ 労災保険給付の請求者

 労災保険給付の請求者は、通常、被災者本人又はその遺族となりますが、傷病(補償)給付は労働基準監督署長の職権により行われますので請求は必要ありません。
 具体的には、被災者の勤務先(事業場)を管轄する所轄労働基準監督署長宛に、労災保険給付請求書類を送付することになります。福岡県の所轄労働基準監督署はこちら
 被災者が死亡した場合に、遺族(補償)給付を請求する場合には、法定相続の順序(民法887条~890条)と異なり、配偶者、子、父母、孫、祖父母及び兄弟姉妹の順序(労災保険法16条の2第3項)となります。詳しくは遺族(補償)給付の箇所をご覧ください。

⑵ 請求手続の代行

 労災請求の手続きを被災者の勤務先が被災者の代わりに行う場合があります。通常、被災者や遺族は被災者の勤務先の労働保険番号などは知らないことが多いですし、労災給付の請求書に事業主の記名押印など証明が必要となるため、勤務先が代行することによって被災者らの手続の負担が少なくなります。
 もっとも、労災給付の請求書に記載された内容が事実と異なると、労災事故と認定されるための要件である業務遂行性や業務起因性が否定されるなど労災認定上の不利益や事実関係が争点となって使用者側の反論材料とされるなど民事上の損害賠償請求を行う際の不利益が後々生じる可能性があります。
 そのため、労災給付の請求書の項目「災害発生の原因及び事実」に記載された事実関係を請求者本人が確認する必要があります。

⑶ 事業主の協力が得られないとき

ア 労災申請は被災者らの権利

 労災保険給付を請求することは、被災者らの権利ですので、請求にあたり勤務先の同意などは必要ありません。勤務先には被災者らの労災申請に協力する義務があります(労災保険法施行規則23条1項・2項)。また、労災事故が発生した場合には、勤務先の事業主は労基署に「労働者死傷病報告書」を提出して労災事故の事実を報告する義務があります(労働安全衛生規則97条1項・2項)。そのため、勤務先が被災者らの労災申請に対して証明を拒否したり、労災事故が発生した事実を隠すことは許されません。
 しかし、行政指導や刑事告発、労災保険料(社会保険料と異なり、事業主が全額負担するもの)の増額などを嫌い、被災者らの労災申請に協力することを拒否したり、事実関係をうやむやにして責任や補償を免れようとするケースが少なくありません(いわゆる「労災隠し」)。

イ 対応策

(ア)文書でやり取りする
 弁護士が実務でも行う対応策の1つとして、事業主の証明が必要な箇所を空欄にしたまま労働基準監督署に労災申請を行うという方法があります。
 具体的には、まず、労災保険給付の請求書内にある事業主の証明が必要な箇所以外を被災者自らが分かる範囲で記載し作成します。次に、この請求書を事業主に送付して作成の協力を依頼します。さいごに、社会通念上作成に必要な期間が経過しても事業主から返送がない場合には、事業主に送付した請求書と事業主に協力を依頼した文書の写しを労働基準監督署の労災課に送付して請求が完了します。労働基準監督署から問い合わせがある場合には、事業主が作成に協力してくれないことを説明するとよいでしょう。

(イ)事業主の証明欄を空欄にしたまま労基署に提出する
 労災保険給付を受ける権利の時効が迫っている場合や被災者の死亡事案など遺族が事業主と直接やり取りを行うことが精神的に苦痛である場合には、事情を労基署に説明することで、事業主の証明欄を空欄にしたまま受理して貰えることがあります。

⑷ 請求書の記載方法

ア 書式と記載例

 労災保険給付の請求書は、給付の種類により書式や添付資料が異なります。
 各保険給付の書式及び記載例についてはこちらをご覧ください。

イ 請求書の記載のポイント

 請求書には分かる範囲で記入して提出することができます。事業主の協力が得られない場合でも、被災者らでは記入が難しい「労働保険番号」は労基署が把握しており、「平均賃金算定内訳」については、労基署が独自に被災者の勤務先の賃金台帳などの書類から支給額を決定することができるからです。
 請求書内で特に重要な「災害の原因及び発生状況」についても、覚えている範囲で時間と場所、何をしようとしている時に体のどこを怪我したのか、その怪我の程度等を記入すればよいでしょう。傷病等の詳しい原因については、あらためて労基署の調査官に説明する機会がありますので、提出時には「できる限り」記入することを心掛けておくとよいでしょう。

5.労災事故を弁護士に依頼するメリット

⑴ 労災認定のため迅速な事実調査や証拠収集を行うことができる

 労災事案では、被災者やその遺族は、被災により働くことができず、収入が減少したり、あるいは事故の後遺症が原因で失職したりすることがあります。その場合、被災者やその家族又は遺族らの生活の基盤が失われるなど、その後の生活に重大な支障が生じることがあります。
 労災認定により被災者が正当な補償や救済を受けるためには、事故の迅速な事実調査や証拠収集などが必要となります。しかし、事業主の協力が消極的であったり、時間の経過とともに証拠が散逸してしまい証拠の収集が困難であったりすると、被災者やその遺族が単独で事実調査や証拠収集を行うことが益々難しくなります。
 しかし、労災事故に精通した弁護士に依頼すれば、弁護士が被災者やその遺族に代わって迅速にこれらの事実調査や証拠収集などを行うことができます。また、ご自身で労災申請に必要な書類の準備等も代わって行うことができます。
 弁護士費用を考慮しても、最終的に物心両面において負担を大幅に減らせることが、労災事故を弁護士に依頼するメリットです。

⑵ いかり法律事務所は労災事故のご相談・解決実績が豊富

 いかり法律事務所は、被災者の労災保険給付をはじめ、事実調査や証拠収集が困難な過労死や精神障害・自殺など労災事故についての相談・解決実績も豊富に有しています。労災事故についてお困りの方は、まずはいかり法律事務所へご相談ください。